多事毒論(2001年3月分)


雪やこんこん
2001年3月31日(土曜日) あめ/雪

色々と用事があって秋葉原へ行く。家を出たときは雨。首都高は大渋滞。そしては秋葉原は・・・雪ってなんやねん、おい。確かにとても寒い、桜が咲く時期にしては寒すぎる一日だったが、それにしても雪はちょっと間違っているだろう。いつもの調子で薄っぺらいジャンパー一枚で出かけてしまったから、凍えるかと思った。ところで、雪が降ると「こんこん」って音がするとでもいうのか。わたしは残念ながら聞いたことがない。

この一週間に突撃実験室のサーバが垂れ流したデータ量の合計は、とうとう 3ギガバイトの大台を超えてしまい 3.3ギガバイトに上った。でかいものはなるべく置かないようにしているのに、一体なにが数字を押し上げているのだろう。調べてみると、全転送データのうち最も大きな割合 (6.5%ほど) を占めているのはインデックスページだ。これは納得できるが、その次に多いのが看板娘の絵 (5%ほど) だったりするのは、ちょっとダメダメかも。どう言い訳してもこればっかりは極めて私的な趣味だもんな...



うう
2001年3月30日(金曜日) あめ時々くもり

www.exp.org サーバのログに少々おっかないメッセージが出ている。どうやらバックアップ側のハードディスクがラリっているみたいなご様子。稼働に直接的な影響を及ぼす問題でないのが救いなのだけど、www.exp.org はお釈迦になるとメールも何も使えなくなるので、わたしの生命線みたいなものだ。放っておくわけにもいかないので、4月1日(日曜日)13時〜18時まで、サーバを止めさせていただきます。また面倒臭い作業がオーバーフロー気味の待ち行列に突っ込まれてしまったよ・・。

お笑いパソコン日誌さん曰く、そんなもの作り直した方が早いよと。仰るとおりのような気がしてきた。いちおうプロっぽく見せるために(?) 作業記録を兼ねて修正個所の一覧も同時進行で作りはじめたのだが、そのファイルが 100行を超えたあたりから、行間に怒りにも似たものが現れ始めたことに気付く。始めの方こそ事務的な記録として書かれているものの、途中から修正の理由も付帯されるようになり、さらには個人的な添削意見としか思えない記述まで所々に混じっている。

プログラムを書いているときに、仕様が不明確だったりして良く分からない部分が出てきたり、はまって進まなくなったときの現象と相通じるものがある。なんだか必要以上にゴージャスなコメントだけがソースコードに残っているという・・・そうなのだ、コメントはフラストレーション解消の常套手段なのである。



フォネティックコード
2001年3月29日(木曜日) あめ

仕事柄、お客さんから電話を受けてユーザIDを確認することがしょっちゅうあるのだけど、すべてアルファベットなので聞き取りにくいことが多く、いつも困ってる。D(ディー)と E(イー)とか、T(ティー)と P(ピー)など母音が同じアルファベットは、ただでさえ判別が難しい。比較的音質の良い加入電話からかかってきた電話ならまだ良いが、携帯電話のハーフレートともなれば最悪である。あまつさえ向こうの電話が電池節約モードになっていると、無音時からの立ち上がりが悪くなるので子音が欠けて全部「ィー」に聞こえてしまう。

あるとき何かの問い合わせの電話を受けてユーザIDを伺ったら、いきなり「マイク、アルファ・・・」なんて言い出した人がいた。分かる人には分かるだろうけれど、これはフォネティックコードってやつで、相手にアルファベットを確実に伝えるときに読み上げるべき単語の国際標準である。まあフォネティックコードをすんなり使える人は、無線をやっている人か、自衛隊や航空業界の人間ぐらいに限られるのではないかと思うが、もし誰もがこれを使ってくれたらどんなに楽なことかと思う(特に携帯電話だとね)。

もっとも、うちみたいに全社員がアマチュア無線免許持ちなんていう怪しいプロバイダなら良いが、相手がごく一般的なサポートのお姉ちゃんだったら「えっ?」ってなるに決まってるが。

(参考) フォネティックコード
AalfaNnovember
BbravoOoscar
CcharliePpapa
DdeltaQquebec
EechoRromeo
FfoxtrotSsierra
GgolfTtango
HhotelUuniform
IindiaVvictor
JjuliettWwhiskey
KkiloYyankee
LlimaXx-ray
MmikeZzulu



ホームページ作成ソフトの不思議
2001年3月28日(水曜日) くもり/はれ

面倒な仕事を何個か抱えてしまい、あっぷあっぷ気味なのだ。

その中でももっとも頭が痛いのは、「作りの悪いホームページを修正してほしい」というものだ。ある会社がホームページを作ることにしたのは良いが、制作費をケチり、初めてホームページを作るという事務員さんに作らせた結果、どうしようもないものがになってしまったそうなのだ。見るに見かねず、どうにかならないかと半泣きでわたしに回してきたのは、そこの社長さん。だからあれだけ言ったのに、作るだけなら簡単だけど・・・(以下略、と。

しょうがないねと言いながら格安で引き受けてしまったのだけど、問題のHTMLファイルをエディタで開いて愕然となる。それはもう凄まじいというか「悪い例」の博物館状態で、修正することを考えれば考えるほどに陰鬱な気分にさせてくれる危険物を手にしてしまったのだ。見栄えや構造の修正だけなら簡単だろうと思ったのに、どうやらシロウトさんがやるミスというのは、わたしの想像の及ばない領域から始まるらしく、実際には気が遠くなる作業量になりそうだ。

で、シロウトさんが知らずにミスをすることは仕方がないのだが、IBM HomePage Builder 2001 で作ってあるのにここまで酷い、というのはちょっと許せない。例えば、Web においては、ファイル名に空白文字や日本語文字などは使うべきではないとされているが、Windows しか知らない人は、当たり前のように使ってしまうようだ。そのこと自体は仕方がないと思うのだけど、わたしの手元にあるHTMLを見た限りでは、HomePage Builder ではそれが平気で通っている。

当然ながら「ファイル名として不適当な文字」といったものは機械的にチェックできるのだからユーザに警告すべきであるし、警告を無視したとしても問題にならないように処理すべきであることは言うまでもない。仮にリンク先のファイル名に空白や記号などが含まれていたとしても、hogehoge%20foo.html といったように十六進コードに書き直せば済むことだ。まさか、その事務員さんが「文字化けしてる」と思って自分で元に戻した、なんてことはないだろう。

汎用的なエディタにはそこまで要求できないが、専用エディタの実装としては如何なものかと思う。



恥さらしな広告が・・・
2001年3月27日(火曜日) あめ/はれ

真面目に見た方は恐らく少ないと思うが、今日の全国紙各社(多分、首都圏のみ)の朝刊には、NTT東日本の全面広告が掲載されている。同社が提供する「フレッツ」サービスの宣伝で、紙面には、フレッツ・ISDNあるいはフレッツ・ADSLサービスに接続しているプロバイダ各社のロゴマークがたくさん出ている。その中には、わたしが勤務しているプロバイダのロゴマークも小さいながらも混じっていたりする。

バナー それはそれで結構なことなのだが、そのロゴマークというものがこれだったりするから、かなり恥ずかしいものがある。実のところ、これはロゴマークというよりもリンク用に作っただけのバナーで、何年か前から突撃実験室のインデックスの最下部に置いてある。ここのサーバは勤務先の専用線にタダで繋げてあるので、一応の義理として宣伝しておこうと、デザインセンスの欠片もないわたしが一時間とかけず適当に作ったものなのだ。

話があったときは新たに広告用のロゴを作ろうと思ったのだけれど、わたしのヘボい腕ではこれ以上のものを作れる見込みもないし、締め切りも待ってくれない。どうしようかなあ、と悩んでいたときに突撃実験室にバナーがあったことを思い出してそのまま使うことにしたは、確か半月ほど前のことだったと思う。以来、広告の話なんてすっかり忘れていたので、今日の新聞を見て「こんなものが新聞を飾ることになるとは・・・」と、当事者の自分がびっくりしてしまう(笑)

ネタを明かせば実にいい加減なものなのだが、元ネタが250x35ドットの画像である割に、そこそこ綺麗に印刷されたのはちょっと意外。



原発
2001年3月25日(日曜日) はれ

EiFYE原子力発電所。色んな意味で濃ゆいが、面白いです。

今日は本格的にネタがないので、リンクだけ。



就職活動とか
2001年3月23日(金曜日) はれ

大学生をやってる友人から、就職活動で苦労しているというような電話がかかってきた。そもそもわたしの場合は、就職活動という行事が世の中にあることを知ったときには既に道を踏み外していたためか、ノーマルな手法で就職した経験もなければ、ノーマルな会社で仕事をした経験もない。どちらかといえば、仕事も趣味の延長でやっているようなものなのだ。だから大卒で就職活動をしている人間には、わたしのアブノーマルな経験に基づく助言など何の役にも立たないだろう、と思うのであった。

ところで、その友人は(個人的にこの分類方法は適切でないと思うが敢えて言えば)文系の人間である。わたし自身は技術屋だし、考えてみれば仕事で付き合いのある人も技術屋ばかりだ(技術屋じゃない人間は話が通じにくいので、いつのまにか現場から排斥されてしまうという意見もあるが)。頭を使うときもあれば身体を使うときもあるけれど、いずれにせよ仕様を作るなり、具体的な製品を作って納品するといった「モノを作ってナンボ」というプリンシプルと目的があるからこそ仕事があるのだ。

そう思うと、現場とはあまり縁がなさそうな、わたしの想像ではより抽象的な立場で雇われるのであろう文系の人は、会社に入るとどういう仕事をするのかというイメージが全く沸いてこない。もし自分が就職活動をすることになりアピール点を挙げろと言われれば、自分にはこういう知識があるのでこんな仕事はお任せ下さいみたいなことぐらいは言えるが、文系の人間は就職活動で一体なにをどうアピールするんだろう。そんな根本的なことが、とても不思議に思えてきたりした。



うう
2001年3月22日(木曜日) はれ

PCが立ち上がらなくなってしまい、ちょっと焦る。電源を入れてもモニタ出力が出てこず、聞こえてくるはずの「ぴっ」という音が鳴らないのだ。何度かリセットしてみたが、それでも状態は変わらない。何回か殴ったら動いたが、繰り返し発生しそうな気配がある。原因は不明のままなので、取り敢えず気合いだけでどうにかし続けるしかなさそうだ。あとは、Windows を Shutdown しても電源が切れなくなった(元は切れてた)とか、細かい不具合は色々とあるのだがどれも解決には至ってない。あうう・・・なのだ。

どういうわけか忙しいときに限って職場にやってくる飛び込み営業マン。大抵は不必要なものばかりを売っていて、鬱陶しいから話を聞くまでもなく追い返している。特に先物取引やら保険やらの営業は、要らないと言っているにも関わらず執拗に勧めてくることが多い。この手は断られ慣れているのだろう。根が図太いので、多少どぎつい断り方をしても心が痛むことはない。たまにレンタルサーバなんかを売りに来る馬鹿もいるが、ISP にそんなものを売るとは良い度胸である。どう扱われるかは、言うまでもない。

逆に、なんだか追い返しにくい雰囲気の営業がやってくることもある。多くは、ちょっと疲れた感じのする40〜50代の中年オジサン。普通、その齢まで営業畑一筋でやってきた人間ならば営業トークも板に付いているものだし、やや自信過剰な営業マンらしいオーラも多かれ少なかれ漂わせているものだ。しかし、たまにいるのだ。お世辞にも饒舌とは言えず、どこかもじもじとしていて、やる気がないわけでもないのだろうが、慣れないことを無理にやりながら四苦八苦している感じの営業さんが。

こういうのを見ると、ついバックグラウンドを想像してしまうのだ。いままで全く違う仕事をしていた人が、ある日突然リストラを喰らってしまい、退職するか飛び込みの営業をやるかの選択を迫られたに違いない。そりゃないよな・・・でもこの歳では再就職先があるはずもなく、やむなく営業として会社に残る道を選んだものの、ノルマなんて土台達成できそうにもない。しばらくすれば、どうせクビになるんだろう。妻も子も抱えて、おれは一体どうすりゃいいんだ・・・

そうだそうだ、そうに違いない。あんたも大変なんだろうけど、悪く思わないでね、こっちも断るのが仕事でさ・・・しかし、ここできつく断ったら今晩にでも自殺するのではないかと、丁重にお断りすると、だいたい「そうですか」といってあっさり帰ってくれる。もちろん、あくまで勝手な想像だ。でも、その引き際の良さがかえって、振り返った背中に、そこはかとない哀愁を帯びさせるのだ。



いろいろ
2001年3月21日(水曜日) はれ

今日は程良く暖かい。年中こんな日が続いてくれると嬉しいのだけど。

先日書いた中国製カップラーメンに関して、複数の方からご指摘をいただき、溜飲が下がる思いだ。別パックに入っている野菜のようなものは「ザーサイ」であるそうだ。以前に食べたこともあるし、ザーサイという名称は知っていたのだけれど、実物と名称が一致していなかったという、最もフラストレーションの溜まるケース・・・けっこうあるんだな、こういうの。ちなみに、漢字で書くと「搾菜」。なるほど、パックにそれらしい字が書いてあった(よく見ると木偏に「窄」なんだけど、JIS には無いみたい)。

突撃実験室も所詮はわたしの独断と偏見で作られているサイトで、いわば好き放題に書き散らしているようなものだが、公表する前提で書いている以上は品質をそれなりに保つ努力をしているつもりである。しかしながら神ならぬ身がすること、たとえば「ザーサイ」のように至らない点があるのは当然のことであり、従って内容に関して指摘や質問があれば、それに必ず応じるというのが自分のポリシーである。指摘や質問が適切でない場合もあり得るが、たとえそうであったとしてその根拠を示すのが礼儀だと思う。

ところが、要領を得ない、意味不明な、不躾な、何の関係もない、という種類の質問を何の遠慮もなくメールで送り付けられることがここのところ増えてきて、独り相撲を取っている気がしないでもない。はっきりと書いてあることをまったく読まずに堂々と質問してきたり、答えて当然だというような態度で来られてはさすがに癪に障る。それでも無視するのはあんまりかと思い、遠回しに「自分で調べろ」みたいなことを書いてやるが、すると「やっぱり良く分かりません」と追加質問が来たりするから、図太いにもほどがある(わたしも人が良すぎる気がするけど)。

質問をすること自体は不埒なことでもないし、その内容が少々的はずれでも良い。わたしも答える側として中途半端な返答してお茶を濁すのは嫌なので質問に答えるときにはそれなりの時間を割いているし、そうしたところで報われることはまずないが、それは自分のポリシーだからそのための労力を惜しむつもりはない。しかし、その裏では、決して機械が自動返答しているわけではないのだ。見知らぬ人間のために時間と労力を使うかどうかを決める材料は、やっぱり「心証」しかない。つまり、図太けりゃ図太いだけ心証に気を配れ、というのが返答する側からのアドバイス。

電脳世界ほど人を騙すのが簡単なところは無いんだから(笑)



更新報告
2001年3月19日(月曜日) はれ

掃き溜め写真館に小ネタを追加。大した内容ではないけど、一応。



enjo kosai
2001年3月18日(日曜日) くもり/はれ

TIME誌をめくっていると、"enjo kosai" (援助交際) なんていう言葉が出てきたものだから「これって既に国際語になってたの?」と少し驚いてしまうも、何となく懐かしい感じがするのは気のせいか。援助交際なんて言葉は、もう日本では久しく聞いていないような気がする。一時はやたらと問題視された援助交際は、いったい何が問題だったのだろう。決して芳しいとは言えないそうした行為が存在することを深刻に受け止めた、というよりは、荒んだ社会を象徴する一つの記号に過ぎなかったのかも知れない。

いまどきの女子高生がこんなことをしてるんだという、イエロージャーナリズム的なネタでもあったし、やや真面目な議論が行われるとしても、性の乱れそのものを真剣に受け止めたという印象はあまりない。それよりも、家庭崩壊論とかフェミニズム論を展開するきっかけのようなものになってしまい、結局は本質とは懸け離れたところへ議論が収束して、そのうち忘れられた、というところだろう。援助交際が無くなったという話を聞かないわりには、それがいまや過去の話みたいになっていることは余り芳しいことではない。

ところで Google で "enjo kosai" を検索してみると、なんだか日本よりも海外の方が日本の援助交際を真面目に考えている印象を受ける。もっとも、一部の海外メディアのように援助交際を単に child prostitution、つまり児童売春の一形態であると捉え、社会的背景を無視して児童福祉といった人権的なアプローチから議論することは明らかな勘違いである。売春の一形態であることは確かだが、特に援助交際が児童売春と区別されるのは、必ずしも当事者が非人道的な強制により屈辱的な体験をしているわけではない、というところにあり、それこそが問題をより根深くしている要因であろう。

cf. enjo kosai v. Jap. to date or have sex with older men for money: see child prostitution (TIME誌より)



温泉
2001年3月16日(金曜日) はれ

某所の掲示板で温泉の話をしていたら、なんだか無性に浸かりたくなってきたので「万葉の湯」というところへ行ってきた。ここのところ仕事が立て込んでいて疲れも溜まっているから、こんなときは温泉に限るのだ。仕事でしょっちゅう行っている八王子までの通り道に温泉らしき施設が少なくとも二件あり、そのうち東名高速の横浜町田インターの近くにある「万葉の湯」は目立つので以前から気になっていたのだ。折しも今日は八王子で打ち合わせがあったので、その帰りに立ち寄ってみたというわけ。

入湯料は2,300円と高いが、高いだけあって持て成しは悪くなかった。駐車場5時間無料、建物は新しくて綺麗だし、石鹸・タオル・浴衣などは料金のうちだから手ぶらで行ける。でも風呂は並で、露天風呂もあるが都市部にあるためか壁で囲われており、しょぼい人工の庭しか見えない。風呂よりも付随施設に力を入れて温泉レジャーに仕上げたという感じである。謎めいているのは「東京・湯河原温泉」という文句だ。町田にあるのに湯河原温泉とはどういうことなのだ、と思ったら、湯河原にある泉源から毎日タンクローリーでお湯を運んできているらしい。どおりで高いわけだ。

しっかりのぼせて極楽極楽、と出来上がるところまで出来上がったところに仮眠室が用意されているのは極めて憎たらしい。寝てみようという衝動に駆られてしまったが、ここで寝てしまったら翌日の昼過ぎまで寝てしまうのは明らかである。しょうがないから帰ってきたが、あとは寝るだけという精神状態では20分そこそこのドライブでもかなり辛いものがある。



んがー
2001年3月15日(木曜日) はれ

昨日は朝の4時までネジ締めやら半田付けやらで、もう疲れた。ギリギリの日程なんてまだ良い方で、それは明らかに無理でしょうと言いたくなる日程を精神主義で可能にする、といえば美しいニュアンスを少しは感じ取れるかも知れないが、当事者としては地獄一丁目を散歩することに他ならない。納期が目前に迫っている作業場というところは、しばしば修羅場の様相を呈するものだ。切羽詰まると僅かな時間ロスも許されなくなり、ROM を焼く待ち時間に半田付けしたりするから、修羅場は更に修羅場化する。

ふと何が嬉しくてこんなに頑張っているのだろうと思ったとき、最近ジョージアのCMとかラジオでよく流れているウルフルズの「明日があるさ」の歌詞は、励ましや癒しになるようで、かなりムカつくものがある。明日がある、明日があるって、もうとっくに日付が変わっているのだから明日があると言われると余計に悲しくなってくる。明日があるとすれば、寝ていまいが疲れていようが朝から出勤であることには変わりはない。明日なんて、ものはむしろ来ない方が良いというのが徹夜現場の本音ではなかろうか。



破壊活動とか
2001年3月13日(火曜日) はれ

「バーミヤンの大仏破壊」に関するニュースを見ていると、破壊活動の是非はともかくとして、どうしてそんな下らないことに熱くなれるのだと首を傾げてしまう。あれを壊せば金になるといった誰にでも分かる理由があれば理解できなくもないが、解体作業を有償で請け負っているわけでもなさそうだ。つまるところ宗教を原因としたオナニー行為なのだから国際世論から多少の非難があったとてやめられるわけもなかろうが、仏像をぶち壊して得られのだろう快感がどんなものなのかは、やはり理解の範囲を超えている。

ややこしい宗教結社のみならず、某リーグの泣き叫び系サポータからグリーンピースまで、原理主義と呼べそうな集団がやっていることは概して集団的オナニー行為で、何のためにそんなことをするのか、わたしはどうしても理解できない。彼らは、自分の主張が人類の殆どに理解されていないことに気付いているのだろうか。排斥的な立場を取り、破壊活動に出たりとインパクトの大きな活動が主となっているところは、やっぱり普通では理解されないことに薄々は気付いている証拠ではなかろうか。

ならせいぜい目障りにならない程度にやれって感じなんだが。



1万円のコーヒ
2001年3月12日(月曜日) くもり/はれ

水素の同位体のうち、質量数2のものが重水素(デューテリウム)というやつで、この重水素を2つと酸素1つで構成されている水がいわゆる「重水 (D2O)」である。有名なところでは重水炉において中性子の減速材や冷却水として使われているが、聞くところによると、重水は飲んでも何ら問題ないそうだ(関係ないが日本の発電用原子炉は軽水炉で「軽水」とは原子力用語で「普通の水」のこと)。

重水が家にあったりするわけでもないので考えたこともなかったが、そう言われてみれば重水は放射性でもなく安定だし、しかも海水に少しだけ含まれている重水を分離して作っているぐらいである。まあ、普通の水に余計なものが一つくっついていて、そのぶんちょっとだけ重たい水であり、四捨五入すればつまるところ水だとでもと考えれば、飲んでも良いような気がしてきた(ちなみに、三重水素は放射性なので飲めば明らかに危険だと思うが)。

残念ながら(?) わたしは重水を飲んだことがないし、飲む機会に恵まれたこともないが、重水でコーヒを沸かして実際に飲んでみたことがあるという人は、そのときを回顧してこう感想を述べる。「味覚的には普通のコーヒとまったく同じだった」という。味は、軽水も重水も全く同じであるらしい。しかし、コーヒカップ一杯でおおよそ1万円もする水で沸かしたコーヒには、「高級ミネラルウオータですら足下にも及ばない、格別の高級感があった」とのことである。



自治体の面積
2001年3月11日(日曜日) はれ

「富士山頂は静岡県なのか山梨県なのかハッキリせい」と以前に書いたが、調べてみると境界が未定のままになっている場所は意外と多くあることが分かった。国土地理院のサイトには、都県にまたがる境界未定地域という資料があり、それによれば境界が定まらないままの場所が20箇所もある。山頂のような境界を決めにくい(あるいは決めなくてもあまり困らない)場所だけなのかと思いきや、埼玉県三郷市と東京都葛飾区との境界のように、そんなのが都市部にもあることはちょっと驚きだ。

都道府県をまたがない市区町村間の境界が決まっていない場所に至っては、呆れることに300箇所以上もあるそうだ。地図の上でもあからさまに境界線が引かれていないのは富士山頂だけのようで、それ以外の箇所にはそれらしい境界線が引かれているが、あくまで便宜上のものなのだろう。ある自治体にとって好ましくない便宜上の境界線が引かれている地図が発売されると、その自治体から出版社へ抗議が行ったりするんだろうか。ま、正論は「とっとと境界線を決めやがれ」だろうが。

境界線が決まらない市区町村の面積はどうやって決めるのかと思っていたが、国土地理院のサイトにある一覧では「境界未定」とだけ書いてあり、面積は不明ということになっている。特に都県の境界にもなる場所で「境界未定」を抱える自治体は、所属する都道府県の面積にも算入されていない。もっとも国土地理院が「境界がはっきりするまでは測ってやらんぞ」というスタンスを取っているわけではないらしく、仮の境界を決めて概算するのも良いが、そんなことをするとかえってモメるから敢えてやらないのだとか。

ところで、面積の決まらない自治体はどうしているのだろう。例として富士山頂で境界が未定となっている静岡県富士宮市の面積は、国土地理院の資料では当然ながら「境界未定」となっている。ところが、富士宮市のサイトには、314.81平方km と思いっきり書いてある。面積が分からないと自治体としては困ることが山のようにあるそうで、適当に便宜上の境界を決めて測ったものなのだろうが、どうやって測ったのかまでは書いていない。

となると、富士宮市がある静岡県の面積も気になるところだ。国土地理院の資料では、境界が決まっていない富士宮市と駿東郡小山町を除外した 7,328.52平方km が静岡県の面積として書かれている。それでは、静岡県のサイトにも同じ数字が出ているのだろうか。案の定、静岡県の見解は異なり、それよりも多い 7,778.94平方km が県の面積ということになっている。富士宮市と小山町の面積も算入いるのだと思われるが、小山町のサイト掲載されている面積 136.13平方km を足しても計算が合わないのは何故(笑)

自治体の面積なんて実生活上はどうでも良いが、なんだか信用できなくなってきた。



謝罪の意図は
2001年3月9日(金曜日) くもり

ハワイ沖で米海軍の潜水艦が日本の実習船に衝突し、沈没に至らしめた事故の件について、潜水艦の前艦長が行方不明者の家族に会って直接謝罪したそうだ。マスコミ報道を見る限りでは前艦長の謝罪や責任の感じ方は大変に真摯なものと見受けられるが、一方で「弁護士の反対を押し切って」とか「あくまで個人的な気持ちとしての謝罪であって、査問会議とは無関係」といった弁明により、謝罪がこく個人的な意志によって行われたこともやたらと強調されていることは、とても気になる。

相手が米国人であるだけに、謝罪にまつわる一連の経緯が前艦長の自発的意志による謝罪であるとは素直に信用できない。穿った見方をすればだが、弁護士の意見と対立しているような素振りを見せ、あの謝罪が個人的に血迷ったゆえの行為であるかような印象を作ることで査問会議において不利な立場になることを回避しようという画策的方針ではないか。謝罪そのものは真摯なものであったとしても、非を認めたあとのこうした処理方法は、打算的な弁護シナリオの一部に過ぎないのではないか、と思えてならない。

事故直後に米政府が取った、あるいは誠意的とも評される後処理は、日本人の扱い方を大変に良く心得ているものだと感じずにはいられなかった。取り敢えず謝っておけば日本人のことだから怒りも鎮まり、問題が不用意に大きくなることもなかろう、という損得勘定が背後にあることは明らかである。では、前艦長の謝罪も損得勘定によるものではないのか。謝罪することで、氏が得になること、損になることは。どうしても、そんなところを穿鑿したくなる。あの謝罪が本物であったのかどうかは、査問会議の行方を見守るしかない。

ところで、わたしは今日の夕刊に掲載されたかのような記事を見ていて、踊る麻酔科最前線というサイトに「“ごめんなさい”と言える医師」という記事があったことを思い出した。以下に、少し引用してみよう。

医療事故を起こしても決して患者やその家族に謝ってはいけないと教わったのである。謝って自分の非を認めてしまうと,訴訟になった場合,不利になるというわけである。非常にアメリカ的な発想と思われるが,日本では違うのではないか。医療事故を起こして,しかもその責任が明らかに自分にある場合には,素直に謝るべきではないか。その結果,訴訟を起こされたとしても,それは仕方のないことではないかと自分なりに考えていたのである。

どこか、相通じるものがあるのではないか。



火葬場の不思議
2001年3月7日(水曜日) はれ

くどいようだけれど葬式の話。やっぱり、ほかにネタがない。

葬儀で最も興味深いと思うのは、火葬場だ。生まれて始めて火葬場へ行ったときは、蛋白質が燃焼したときの変な臭いが周囲にプンプンと漂っているのではなかろうかと思っていたのだけれど、意外と何も臭わなかったから、良くできているものだなと驚いた記憶がある。その火葬場は、苦情が出るとも思えないような辺鄙なところにあったのだけれども、それでも変な臭いを出すわけにはいかないのだろう。具体的にどう処理しているのかは知らないが、排煙から臭いなどを除去する技術も色々とあって面白いらしい。

火葬そのものの技術も面白いそうで、身体をむらなく焼却しつつ喉仏などの骨だけを美しく残す「火加減」は難しいそうだ。身体が半分ぐらい残るような焼き方は論外だし、骨が粉々になってしまっても遺族としては面白くない。男性と女性でも違うだろうし、骨が丈夫な人間と末期的な骨粗鬆症の人間を同じ火加減で焼いても綺麗に仕上がらないことは、感覚的に分かる。でも、燃やす遺体の状態に合わせて火加減を最適に調整しているような感じではなかったし、どれも同じように焼いているのかも。

死んだ祖父の骨を拾いに火葬場へ行ったときは、少し時間があったので周囲を調べてみた。どんな燃料を使っているのかと思って焼却炉の裏側へ回ってみると、意外なことにプロパンガスのボンベが置いてあった(しかも普通の家庭用サイズ)。そんなもので足りるとも思えず Web で検索してみると、全国的には灯油か都市ガスが主流のようで、A重油を使うところもあるみたいだ。都市ガスなら埋設配管から供給されているはずだから、外からは見えないだろう。プロパンは、バックアップ用だろうか。

骨上げの間は焼却炉の扉を開けっ放しにしてくれたので、このときばかりと中をしっかり見ておいた。壁は耐火煉瓦と思われるブロックで作ってあり(予備が外に山積みされていた)、ガスバーナらしきものが両側の壁に一発ずつ埋め込んであるだけで意外と少ない。ところで、人間一人を灰にするには結構な量の燃料を使うだろうから二酸化炭素も多く発生するだろうし、棺に余計なものを入れればダイオキシンなどの有害物質も出るそうだ。火葬は、環境面では決して芳しいものではないという気がする。

火葬場そのものとは関係ないが、火葬したあとの骨上げで木と竹を組み合わせた妙な箸を使うのは、敢えて変なことをすることで死者との訣別を確認するためなのだそうだ(そのセンスは理解できんが)。でも、二人で一本の骨を拾う理由は、よく分からない。実際にやってみると、殆どの骨が原型のまま残っていたので、頸骨など大きな骨を一人で掴むのは不可能だった。そのためにそういう習慣があるのかも知れないが、つかめたとしても、どうせ大きいやつは骨壺に収まらない。

しょうがないので、手づかみで折っていったが、それなら最初から箸を使わなくても良いような・・・



葬儀の不思議
2001年3月6日(火曜日) はれ

またまた葬式の話。でも、ほかにネタがないから勘弁してね。

いままで葬儀に出るといってもせいぜい焼香するか花を添える程度だったので、段取りをどうするかでモメているところから、火葬場での骨上げまでフルコースで体験したのは、これが始めてのことだった。死んだ爺さんが、親類だけで無宗教で簡単な葬儀を行うよう生前から希望していたこともあり、下らないことは比較的少なかった方だと思うが、それでもなお一言で感想を述べれば理解に苦しむことの連続であったので、少し書いておきたい。

日本の葬儀における習慣の多くは、建前上は弔悼する方法でありながら、一方で死人を冒涜しているだけではないかとすら思う。真っ先に首を傾げたのは、3月1日が友引だったために葬儀が一日延期されたことだ(現実には、友引には火葬場が休むらしいので、やりたくても出来なかったのだと思うが)。どうやら「友引」の字面が「友を引く」であるから、それを「親しい人もあの世へ連れて行かれる日」と針小棒大に解釈することが友引に葬儀を行わない根拠であるそうだが、そういった類の疑念は一体どこから沸いて出てくるのだろう。

霊といったものの存否に関する議論は本題とは関係ないので省くが、仮にそういうものがあったとしても、常識的に考えて、生前に近親者の多幸を願っていた人間が、死亡した途端に縁起の悪いことが起きるよう画策するわけがない。「友引」のほかにも「清めの塩」みたいな習慣もあるが、これも死や死人を一種の汚染物と捉え、それと深く関わる葬儀において感染したであろう汚染を塩で清めるのだそうだ。勿論めでたい行事ではないことは確かだが、誰でもいつかは死ぬと決まっているのに、どうしてそこまで死というものを忌み憚るのだろう。

少し脱線するが、死や病といった不可抗力的な問題の責任を形而上学的な事物に転嫁したがる心理は分からないでもないし、そうすることで解決する問題もあるのかも知れない。霊といったものが存在すると考えるのも、存在しないと考えるのも個人の勝手だ。でも、その代表的原因である死者、すなわち先祖は基本的に子孫は愛しているものであり、あの世から多幸が見守られこそすれ、何らかの恨みを持って積極的に呪詛し生きている人間に余計な禍根を作るようなふざけた真似に出るとはとても思えないのだ。

こういう訳の分からない習慣は、わたしに言わせれば死人に口なしと言わんばかりの、むしろ失礼な習慣としか思えないのだ。そうしたコンセンサスも一部では完成しつつあるようだが、一方で形骸化した習慣は礼儀作法の常識みたいなものに形を変えて存在し続けており、そうなると余計に「そうしなきゃいかんのではないか」と洗脳する効力が増すからタチが悪い。昔からの習慣だのといって、合理的でないことをいつまでもダラダラと続けるのは、役所仕事で十分だ。



富士山とか
2001年3月5日(月曜日) くもり/はれ

ちょっと立て込んでいたが、ようやく落ち着いた。更新が止まり、毎日ご覧の方には申し訳ない。

葬儀とあって喪服やら何やらと荷物が多かったので大阪まで車で行ってきたのだけども、普段は新幹線を使うから車で行くのはこれが始めてで、疲れたのか疲れなかったのかよく分からないが、取り敢えず腰に来た。先月28日の東名は雨と横風で走りにくく、静岡あたりまではトラックが団子になっているから、100km/h がやっとという感じ。日本の物流を支えるトラックに向かって邪魔だと言うつもりはないが、90km/h で走っているトラックを 93km/h ぐらいでダラダラと追い越す必要はあるんだろうか。

帰りは晴れていて、高速もガラガラだったから、京滋バイパスの巨椋(実家は大阪といっても、ほとんど京都との府境にあるので京都の方が近い)で高速に乗ってから横浜町田まで正味5時間ほどだった。途中で運転を代わった人間が記念写真撮影装置を無視できるような速度で走ってくれたから、そこでもうちょっと頑張っていれば短縮できただろう。途中で見た富士山とか、その裾野がとても綺麗だった。富士○○株式会社みたいな会社名を見るとマンネリズムという言葉が頭を過ぎるけれど、間近で見ると美しい山だ。

地図を見ると、富士山山頂あたりで静岡県と山梨県の県境が切れている。あそこは何県なんだろうかと思うと夜も眠れない。何県でもない、という答えが最も適切なのだろうが、すると「静岡県や山梨県の面積はどう計っているんだ」「富士山頂で警察の嫌がりそうな事件を起こすと、両県警でモメたりするんだろうか」「今後、静岡県と山梨県で県境を巡る紛争が勃発してテロ事件が頻発するんだろうか」などといった感じで、より多くの疑問が浮上するからそれだけは認めるわけにはいかない。



葬儀
2001年3月2日(金曜日) はれ@大阪

先月28日の早朝に祖父が急逝し、大慌てで大阪へ。

下らんことだが、3月1日が友引だった関係で葬儀は今日まで持ち越された(いつやっても一緒だと思うんだが)。生前の意志で、通夜・葬儀とも身内だけで極めて慎ましやかに行われた。坊主だけは絶対に呼ぶなという希望から無宗教葬儀で、いつ葬儀が始まっていつ終わったのかも良く分からない。市の火葬場でお別をれして、あとは親戚一同どんちゃん騒ぎだ。そうなると、酒を飲まないわたしは運転代行要員だ。「お前がおるから、気兼ねなく飲めるわー」と。

わたしは初孫で、おじいちゃん子だったから、よく可愛がってもらっていた。わたしが実家を出奔してからはずっと会っておらず、臨終にも立ち会えないまま亡くなってしまった。小さいころには、本当に数え切れないほど色々なところへ遊びに連れて行ってもらったし、同時に様々ことを教えてもらった。もしかすると、親からより多くのものをもらったのかも知れない。葬儀では照れくさくて泣けもしないが、そうやって思い出してみると、とても悲しい。安らかに、眠って欲しい。



突撃実験室