文法解説壱−格助詞について

 まずは格助詞。これは体言(名詞)や、それに相当するひとまとまりの言葉の後につきます。
ざっとあげると、が・の、を、に、へ、と、より、にて、もて。
 使用例は要望により付けました。
しかし普段わかっていてもいざ探すとなると大変なので使い回しも多いですが、ごめんなさい。
例が挙がっていない箇所は例が見つからなかったと思って自分で探して下さい。
「これは?」というのがあればメールいただければ、答えた上でここにも載せます。


が・の
T:主語を表す(〜〜が)
U:所有を示す(〜〜の)
V:比喩の意味(〜〜のように)
 口語では一般的に主語は「が」、所有は「の」ですね。ですが、文語の場合はどちらでもつかえます。
しかし若干ニュアンスが変わることは覚えておいてください。
V比喩は「の」だけの使用例だと思います。
「ゆく水のとまらぬこころ持つといへどをりをり濁る貧しさゆゑに」(若山牧水)
↑例としてみてみましょう。「ゆく水の」、のは「ゆく水が」という主語にもとれますが、
転用されたものとして「ゆく水のように」というようにもなっています。

余談:「が」の方が強く堅い音なので平安時代くらいには卑下に使われた可能性があるらしいです。専門外なので何ともいえませんがそういう気もしないでもないですね。歌的には「が」よりも「の」ほうが柔らかく使いやすいのも確かです。

口語での使用例。
T:斎藤が字を書いている。(字を、というのは目的語になります)
U:斎藤の短歌。(=斎藤が作った短歌)
U:我が友人。(私の友人)
Vの用例は文語といっても、特に短歌だけにとどまると思います。口語では例が思いつかない位なのでまず使わないでしょう。


短歌での使用例。
T:茜さす紫野ゆき標野ゆき野守は見ずや君袖振る(額田王)
 君が袖(手)をふっている、という主語です。
U:やは肌あつき血汐にふれも見でさびしからずや道を説く君(与謝野晶子)
 やは肌のもっている、ということになりますので、所有です。
Vは本文参照。



T:動作の対象を示す(なになにを)
U:経過する場所を示す(どこどこを)
たとえば、みそ煮込みうどんを食べるなど、基本的にはTの動作の対象ですが、これが場所的なものであるとUの用法になってくるだけです。ネオン街を歩くなど。

口語での使用例。
T:パンを食べる。「斎藤が字を書いている」の「字を」もそうです。
U:街を歩く。これは場所なのでUの用法になります。


短歌での使用例。
T
:やは肌のあつき血汐にふれも見でさびしからずや道説く君(与謝野晶子)
 道を説いていますので、目的格。
T:赤き牡丹白き牡丹手折りけり赤きを君にいで贈らばや
 牡丹を手折っていますので、目的格。
U:富士蹈みて帰りし人の物語聞きつつ細き足さするわれは(正岡子規)
 富士山を踏みて(=富士山に行って来た人の物語を)。目的格で場所を表した場合。



場所、時間、帰着点、手段、物事の結果、対象、原因などを示す
田んぼに(場所)、夜に(時間)、「朝さむみ桑の木の葉に霜ふりて『母に(帰着点)』近づく汽車走るなり」斎藤茂吉、車に乗り(手段)、あれは遠い過去になった(結果)、祖父に(対象)、強い風に看板がぶっ飛んだ(理由、原因)など、様々な使い方ができます。
しかし、便利だからといって無茶苦茶にならないよう、作歌の際には自己流の無理な使用をしてないか注意して、意味を確認しましょう。

口語での使用例。
ドイツに着いた。夜になった。母に近づいている(これはあまり普段は使用しないでしょう)。車に乗る。あれは遠い過去になった(結果を回想しています)。祖父にプレゼントを買ってあげる。強い風に看板が吹き飛んだ(風によって、という意味)

短歌での使用例。
いろいろあるので一部を例とします。
●やは肌のあつき血汐ふれも見でさびしからずや道を説く君(与謝野晶子)

 使い回ししまくりの与謝野晶子ですが、これは対象です。
●朝さむみ桑の木の葉に霜ふりて母近づく汽車走るなり(斎藤茂吉)
 これは母に近づいている、というものなので帰着点。大阪につく、でもいいわけです。



進行方向を示す(どこどこへ)
「を」「に」の中にも場所に関わる使い方がありましたが、「へ」は明確に場所を示すのが中心です。しかし微妙に違うので、以下の例をみてください。
×大阪に行く ○大阪へ行く
○大阪に着く ×大阪へ着く
微妙に違うでしょ?動作の進行の行き先を表すのが「へ」で、動作の帰着するところを示すのが「に」です。

口語での使用例。
本文そのままです。


短歌での使用例。
●清水祇園をよぎる桜月夜こよひ逢ふ人みな美しき(与謝野晶子)
 清水へ行っている最中です。



T:動作の共同者を示す(誰々と共に)
U:変化の結果を示す(〜〜と)
V:引用部分を受ける(〜〜と)
W:並列的につなぐ役割(〜〜と〜〜と)
 T誰々となにをする、U春となる、V「父君よ今朝はいかにと手をつきて問ふ子を見れば死なれざりけり」落合直文、これが引用部分を受ける「と」です。いかに?と聞いている子供の言葉を受けています。W父と子など。

口語での使用例。
T:友達と買い物へ行く。
U:春となる(春になった)
V:あなたは○○おっしゃいますが、私は××だと思います。(下線部分で引用しています)
W:私とあなた。


短歌での使用例
T:東海の小島の磯の白浜にわれ泣きぬれて蟹たはむる(石川啄木)
 蟹と遊んでいます。
U:高槻のこずゑにありて頬白のさへづる春なりにけるかも(島木赤彦)
 春と遊ぶわけではないです。春になったかな。
V:父君よ今朝はいかに手をつきて問ふ子を見れば死なれざりけり(落合直文
 「お父さん、今朝はどうしたの?」と聞いている子供のセリフを受けて、下に続けています。
W 親しからぬ父子にして過ぎて来ぬ白き胸毛を今日は手ふれぬ(土屋文明)


より
T:比較の基準を示す(何々より)
U:動作の起点を示す(〜〜より)
V:経過する場所を示す(〜〜を通って、〜〜を通して)
 T花より団子など、比べるもの。Uどこどこより、私は幼少より、動作の起点を表すもの。V間より落ちる、経過する=間を通って落ちる。
 「から」もほぼ同義ですが口語的に聞こえるからか、ほとんど「より」で表しているようです。
但し「から」にはT比較の基準の意味はありません。

口語での使用例。
T:花より団子が好きだ。
U:ロンドンよりパリへ向かう
(ロンドンよりパリが好き、という文になるとTの比較になります)
V:手のひらより落ちる。(これはあまり使いません)


短歌での使用例。
T:合格と伝えたる時よろこばる 我より熱き声ぞ嬉しき(斎藤知宏、手前味噌)
 私より熱い声、比べています。
U:朝あけて船より鳴れる太笛のこだまはながし並みよろふ山(斎藤茂吉)
 船から鳴っている、です。
V:いのちなき砂のかなしさよさらさらと握れば指のあひだより落つ(石川啄木)
 間より落ちる、間を通って落ちる、ということで。


にて
場所・時間を示す(〜〜で、〜〜において)
 格助詞「に」に接続助詞「て」がくっついた言葉です。元々は別ですが一続きで使われることも多いのでこれを一つの言葉として説明します。成立がこういう言葉なので、用法も「に」と大体同じ意味で使われています。ただ、「に」にはいろいろな使い方がありましたが、「にて」はその中の場所や時間を示すのに限られています。おもてにて、山にて、これは場所を示すもの。夕餉(晩御飯)にて、時計の針が2分にて、こちらは時間を示す使い方です。
 他にも、状態を表す意味がありますが、文法的にはやや形が違い、「なり」が「に」の変わりにはいると「にて」が「なりて」となり(断定の「なり」の連用形)に、「て」が伴ったものになります。例、つもりにて。つもりなりてという意味になります。
しかし、この言葉を使うと説明風な色合いが多少なりともでますので、うまくつかわないと理の歌になってしまうと思います。

口語での使用例。
外にて遊ぶ。晩ご飯にて母が怒りだした。
(これらの例は無理矢理作りました。おそらく日常では使わないと思います)


短歌での使用例。
だいたい上のまま使えるでしょう。これ以外で本来の「にて」ではない例を挙げておきます。
●保護色にかくれおほせしつもりにて寄り眼の魚の水底にいる(木下利玄)
 つもりなり、と言い切りの形にすると、「に」が「なり」になり「なりて」となります。
断定の助動詞「なり」が連用形で変化したものが「に」です。それに「て」が添った形になっています。


もて
手段・材料を示す(〜〜を持って)
 「もちて」が「もって」になり更に「もて」に変化したものです。という訳なので、これももとは合成語です。はしをもて(はしをつかって)、ひとつもて(ひとつをつかって)など。


口語での使用例はないと思います。

短歌での使用例。
●箸をもて我妻は我を育めり仔とりの如く口開く吾は(島木赤彦)
 箸を使って、というふうに手段を表します。ちなみに我、吾は同じ私の意味ですが字余りの関係、それから我、我がという言葉を二回使っているということから吾を使ったと思われます。


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