液体窒素で遊ぶ


お料理に使用した液体窒素が余ったので、遊んでみるのだ。

液体窒素



液体窒素は、ご存じの通り非常に冷たいので、様々な分野で寒剤として使用されている。

最近では、未来にはいつか死者を蘇らせる技術が確立されることに期待して、そのときが来るまで人間の屍を液体窒素に沈めて保管しておくようなこともやっているらしい。「そのとき」が、果たしていつ訪れるのかは、分からない。だが、時間の経過というものは、意識下でのみ認識されるものである。長い年月を液体窒素の中で眠り続けた屍に、息を吹き返す機会があるとすれば、そこで当人はタイムスリップを経験するのだろう。古典的なSF映画のワンシーンにでも出てきそうな発想をマジでやってしまうところは面白いが、文字通り「往生際の悪い」葬法(なのか?)だと思う。

脱線した。

「お茶飲み」という種類の人間は、特に入れ立ての緑茶を嗜好とすることが多いらしい。例え、真夏の太陽が容赦なく照りつける日に滝のような汗を流していて、誰が見ても冷たい麦茶を勧めてあげたくなるような状況であったとしても、「俺は入れ立ての緑茶じゃないと嫌だ」と、そう主張されるのだ。まあ、気持ちは分かる。しかし、喉がカラカラに渇いているときは、冷たいものを一気に飲み干したいと思うのが人間というものだ。そこで、

入れ立ての緑茶と、冷たいものの一気飲みを両立させてあげたい。

そう考えるに至った突撃実験室では、液体窒素を用いることにした。

液体窒素湯飲み

湯飲みに三分の一ぐらい、液体窒素を入れる。

お茶を注ぐ

その中に熱いお茶を注ぐのだ。
副次作用として豪快に沸き立つ湯気は、清涼感の演出に他ならない。

出来たお茶

暫くして液体窒素が全て蒸発すると、キンキンに冷えた緑茶できあがりだ。氷が張っており、更なる涼しさがここからも感じられる。使った寒剤は、全て気体となり大気に消えてしまうから、冷凍庫の氷でお茶を冷やしたときにありがちな、何の臭いを加重してゆくとこういう臭いになるのか想像もつかない「冷凍庫臭さ」の残留も、全く認められない。これなら、お茶の味にはうるさいお茶のみにもご満足頂けるしてくれるに違いない。おお、パーフェクトな出来映えじゃないか!

・・・でも、なんか量が・・・ケチ臭いよ、これ?

と思った方も多いはず。

そうなのだ。実際、冷却に要した液体窒素の量よりもお茶の方が少ない。最初は、相当に冷たい液体窒素のことだから、お茶ぐらい幾らでも冷やせると考えていた。ところが、その予想とは裏腹に、思うように冷えてくれないのである。液体窒素の量を増やし、お茶の量を減らしながら、トライアンドエラーで分量を調整していった結果がこれなのだ。恐らくだが、お茶の熱を効率的に奪えないまま液体窒素が気化してしまうことが敗因だろう。お茶の中に氷を入れた場合は、氷が溶けても冷水がお茶の中に残るので、それも冷却の一端を担うことができる。しかし、冷気はお茶の中で効果的に働くことなく、泡となってどんどんと逃げてしまう。

お茶を液体窒素の中へ直接に流し込むのではなく、もう少し工夫すればより少量の液体窒素で効率的にお茶を冷却できるかも知れない。しかし、

お茶のみどもの我が儘のためにそこまでする必要は全くない

と判断したため、放棄した。液体窒素を湯水のように使える環境があれば、やっても良いんだが。



液体窒素ネタのお約束として、やはりアルコールも凍らせておく必要がある。

デュアー瓶もどき?

お料理に使ったカップラーメンの容器では、いささか扱いにくいので、ビーカを重ねてデュアー瓶もどきを作ってみた(デュアー瓶として全く機能していないことは、もちろん秘密である)。何にせよ、液体窒素の入ったビーカを直に持たなくて済むだけでも、凍てつく思いをしなくても済むのだから、それだけも作った価値はあるというものだ(苦し紛れの言い訳)。で、この中に液体窒素を注いで、消毒用のエタノール(約 95%)を入れてみる。融点が摂氏 -130度程度と、意外と凍りにくいエタノールも液体窒素の中ではカチカチに凍ってくれるのだ。

水飴状のエタノール

ちょっとピンぼけで申し訳ないが、水飴状になったエタノールを箸の先で遊んでいるところの図。凍らせてから少し暖まってくると、こんな感じのドロドロとした物体になる。そこで誰でも考えることではあるが、これを 食べてみることにした

いくら消毒用のエタノールであるとはいえ、酒税がかかっていることが飲用(食用)可能である何よりの証拠である。酒としての税金を納めている以上、この物体を胃まで送り届けてやらねばならない。恐れることは何もない。ちょっと酒臭い水飴だと思えば良いのだ。電撃ネットワークが人間真空パックになるときも、ちょっと窮屈目の服を着るようなものだと思っているに違いない。

少年よ、大志を抱け!

などと訳の分からないことを叫びながら、口に放り込む。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(ん? 味がしない?)

と最初は思った。しかし、まさしくその瞬間。

来たぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ

・・・・どやらら、冷たくて味がよく分からなかっただけらしい。

はぁはぁはぁ・・・。辛っっらぁぁぁ、辛すぎるぅ

辛口の日本酒にどことなく近い味だが、とてもじゃないが、酒として味わえるような代物ではない。ていうか、重要なのは味なんかじゃない。

粘膜が焼けて糜爛(びらん)しまくったような感覚

によって、口から入ったエタノールが喉を通って胃へと流れ着く軌跡を体感できてしまうという、とっても貴重な体験をまず第一に挙げなければならない。そして暫くは、吐く息が強烈なエタノール臭になるのだ。これがまた、いわゆる注射の香りだから、なおさらに気持ちが悪い。不純物の多い安酒は悪酔いすると言うけれど、純エタノールの摂取は、別の意味で

極めて危険なタイプの悪酔い

を起こすというのが、この体験により明らかとなった。



畜生くそ不味い酒だ、こんなものは 燃やしちまえ!

燃えるエタノール

酔った拍子に魔が差して(嘘)、火を着けてしまった(本当)。豪快に火柱を上げるエタノール。

うおお 火事だっ!(と仮定)

消火中のエタノール

というようなときにも、もちろん液体窒素の出番だ。

写真では、燃えさかるエタノールに液体窒素を流し込んでいるように見えるが、実際には液体窒素の入ったビーカをそっと近づけただけである。そうすると、火は「逃げるように」収まり、もう少し近づけるだけで、燃えるエタノールをいとも簡単に消火することができるのだ。言わずと知れたことだが、発火が起き、安定した燃焼を続けるための条件として、一般的に

  1. 可燃性物質、つまり燃料があること(この場合は、エタノール
  2. 燃焼に必要な酸素が供給されていること(空気)
  3. 燃焼を維持するための熱が保たれていること(自ら発生)
以上の三つが挙げられる。

火災の際は、a. は燃え尽きるまで無くならないため、b. の酸素を奪うか、c. の熱を奪うことで鎮火させる必要がある。

まず、b. について考えよう。通常、空気の酸素濃度は21%程度だが、一般的に酸素濃度が15%〜16%ぐらいまで下がると火は消える(分子内に酸素を含有する物質が燃えている場合は、さに非ず)。これがいわゆる窒息消火と呼ばれる消火方法だ。最近はあまり使われていないようだが、部屋の空気を二酸化炭素で置換する二酸化炭素消火装置は、窒息消火の典型的な例である。また、家庭用の消化器などで使われている(多分)リン酸塩などの粉末消火剤も、火元を粉末や生成した膜で覆うことで消火を図るから一種の窒息消火だし、布団で火元を覆ってしまうのも立派な窒息消火である。

ちなみに、密閉した部屋における火災では、じきに炎が部屋の酸素を使用しつくして自ら鎮火する。だが、これが密閉生の高い近代的な建物における火災の消火活動で恐ろしいと言われるバックドラフトの原因となる。火災では、家具といった固体の物体そのものが燃えているのではなく、これらが熱によって分解して発生した可燃性のガスが燃えているのだ(基本的に固体の物体は燃えない)。ところが、酸欠により燃焼が止まっても、部屋は可燃性のガスで充満しており、温度も発火点を超えたまま保たれることがある。この状態で、救助や消火のために部屋の扉や窓を開けると、再び酸素が供給されて燃焼の条件が整い、鎮火したかのように見える部屋が爆発的に燃え始める現象が「バックドラフト」である。

やや脱線したが、次に c. だ。燃料が発火に至るためには、外部から熱を供給するなどして燃焼という化学反応を開始させる必要がある。いったん反応が始まれば、そのため発生した熱によって自ら温度を保持しながら継続的に反応を進行させている状態が、安定した燃焼だ。逆に言えば、燃焼という現象から化学反応を維持するための熱を奪えば、火は消える。消火に水が有効なのは、水の大きな潜熱が火元から熱を効率的に奪うためだ。関係ないが、立体駐車場などでよく見掛けるハロゲン化物消火剤は、火炎中のラジカル反応を直接に阻害して消火を図っているらしい(詳しいことは知らないが、この消火効果は絶大らしい)。

前置きが長くなったが、液体窒素は、温度が上がると気化して体積が約650倍の窒素ガスになる。そのとき、周囲の空気が窒素に置換され、酸素濃度が低下するため、窒息消火が図られる。窒素が窒素と呼ばれる所以は、窒息させるからでだ(冗談めいているが、マジ)。しかも、液体窒素が気化するときには、周囲から多大な熱を奪う(気化熱)。従って、燃焼の一条件である「熱」を奪う効果も少なからずあるのだ。そのような理由から、火災が発生したときには、液体窒素を部屋に撒くだけで(鎮火には至らないとしても)延焼を防ぐ効果は大いにあると思われる。

そこで、手の付けられない火災に遭遇したら、取り敢えず

液体窒素をぶん撒いてから逃げよう!

っていうか、火災現場に都合良く液体窒素があるわけないだろ」という突っ込みは、却下だ。

粉末消化器の掃除はマジで大変だが、液体窒素なら気化して無くなるなくだけだから、躊躇う必要は全くない。

そういう問題じゃない」という突っ込みも、もちろん却下である。



温度が下がれば、化学反応は起きにくくなる。さらに冷やせば、止まってしまう。そこで、冷たい液体窒素は化学工業を始めとして様々な場で化学反応を停止させるために使用されている。温度が低いだけでなく、不活性な窒素それ自体は、反応性に乏しい。従って、液体窒素は化学反応を安全に止めるためのブレーキとして、極めて有効に機能するのだ。例えば、化学反応によって起電力を得る乾電池は、液体窒素で冷却すれば機能しなくなる。液体窒素の中に入れられたマグライトが消灯するのも、そのためだ。

対液体窒素爆弾 そこに目を付けたのが、警察の爆発物処理班だ。起爆に電池を用いた爆弾は、液体窒素で丸ごと冷却し、電池の起電力を無くすことで爆弾を安全化するらしい。

青い線か、赤い線か、どっちなんだ!?

などと、ニッパを片手に騒ぐのは、アホな三流ドラマの演出だけである。起爆に電池を使う爆弾ならば、電源を断てば爆弾として機能し得ないのだから、冷却は理に適った方法だ。しかし、

警察が科学的なら、犯罪者も科学的に迎えてやるのが筋だ!

そこで、突撃実験室では右図のような対液対窒素処理爆弾の案を考えてみた。

まず、爆弾ごとデュアー瓶に入れてしまい、液体窒素の影響を最小限に食い止める。さらに、液体窒素での処理を逆手に取り、さり気なくサーミスタも用意した。異常な低温を検出したときには、躊躇せずドカンとやっちまうべきだ。もちろん、蓋を開けることなど言語道断。振動センサなども取り付けて、無用に揺らしたり動かしたときもゲームオーバだ。例え、どんな手を用いて安全化を試みても、確実に爆発する。これこそが、爆弾の正しき姿なのである。

爆弾の使用を検討されている犯罪者の皆様は、ぜひ参考にされたい。
でも、日本の警察をナメちゃいけない。こんなものが果たして通用するだろうか?


2000/06/25 公開



制作 − 突撃実験室