多事毒論(1998年4月分)




映画撮影?
1998年4月30日(木曜日) 曇りのような晴れ

昨日は午後6時前に起きて、そのまま一晩を明かすのだが、朝になっても寝るわけには行かない。今日は連休といえども暦の上では平日だ。普段は仕事で行くことのできない銀行などへ行く。しかし、こんな日だから窓口は長蛇の列。三和銀行では1時間近くまたされる。そのままハシゴで家の近所にある横浜銀行本店へ行き、口座を開設。こちらは空いていたが、寝てないのでフラフラ。家に帰ってから、少し仮眠を取る。午後6時頃に起きたら腹が減ってきたので、近所のスーパーへ買い物に行こうと表に出たのだが...

なに! 自転車置場のあるビルの裏口が、ハシゴや照明器具で塞がれているではないか。番組制作業界のオーラを漂わす人間がウジャウジャといる。何事か思ったら、どうもビルの裏の飲み屋で映画のロケをやっていたようだ。取り敢えず買い物だけは済ませて帰ってくると、なんか派手なオッサンが女と飲み屋に入っていくシーンを撮影していた。オッサンの下品な大阪弁と体格といい、なんか見たことがあると思ったら、赤井英和さん。

そのシーンが終わってから別のシーンを撮るようだったので、こんどは部屋に帰ってデジカメを持って見学に行った。お次はいやが上にも下品な格好に着替えた赤井英和と若い連中が、飲み屋に入っていくシーンだ。



買い物へ行こうとしたら、突然こんな光景が...




赤井英和、他二名。飲み屋に入ろうとするシーン。


不自然な大阪弁が使われているところは「ナニワ金融道」そっくりだが、役者が竹内力ではないから違うようだ。ロケが終わってから片づけをやっていたオネーサンを捕まえて「何を撮っているのか」と聞いてみると「唐獅子界隈」という映画のロケらしい。またまた題名からして品の悪そうな映画だが、そんなものが自分の家の裏で撮影されるとは、ちと不本意というか。まあ、ここら辺は、遊郭とまでは言わないにしても、ガラの悪い飲み屋街と隣接している場所だからねえ。

ロケ現場って、端で見てると凄しい...周辺でお手伝いしている、最下身分と思われる人達はわたしよりも若い感じ。「こらー、マイク入ってんぞ、何やってんだー」「す、すみません」。怒鳴り声と謝罪の声が絶えない、上意下達の徹底した職場。側で見てると、少し可哀相になってこないでもない。もしわたしがその立場だったら、「じゃ貴様がやれ」と捨て台詞を吐いてマイクを捨てて帰ったかも知れない。側で見てると少し可哀相になってくる。



尾崎豊
1998年4月29日(水曜日) 昼間は寝てたので不明

連休の生活状況。昨日は午前6時に寝て、午後6時前に起きた。なんか、12時間も寝ちゃってるんですね。起きたのは、新聞屋さんの集金で玄関のチャイムが鳴ったからで、それが無ければもっと寝ていたかもしれないです。留守だと思って帰りかけた新聞屋さん曰く「朝刊も取ってないし、留守かと思いましたよ〜」「いやすみません、ずっと寝てたもので」「あ、昨日は夜中まで遊びほうけてたのね」「ええ、まあそんなところです」・・・留守がちなお宅が多くて、集金も大変らしい。

何年か前の今ごろの時期に、尾崎豊が亡くなったらしい。ワイドショーを見てると今でもお墓などで涙を流すファンがいるそうだが、その心理は、わたしにはよく分からないのだ。何故、赤の他人であるはずの一人の歌手に、そこまでできるのかということが知りたいのだ。わたしにも好きな歌手はいる。最近だと Every Little Thing とか。しかし、それはあくまでも持田ちゃん歌が上手いとか、歌詞が良いとかそういう理由からだけなので、例えばグループが消滅すれば残念だとは思うだろうが、涙を流すほどの事では無いだろう。

ファンが尾崎豊を敬慕(適切な言葉が他に見付からないので)する様を見てあほらしいと評価する人もいるようだが、それは間違っていると思う。歌詞を読むと色々と言いたいこと、それも社会からは悪として排除され、普段は言いたくても言えないようなことが書かれているように思う。奇麗事を重んじる社会に業を煮やし、その社会に対して物言いをつけたいが、つけられない者の代理満足として尾崎豊はいるのではないか? そう思うこともある。そうでもしないと生きてゆけない人もいるのではないだろうか。そんなことを思わない人に言わせれば情けない話かも知れないが、理解は示すべきだろう。



街中のカメラ
1998年4月26日(日曜日) くもり

今日もぱっとしないお天気...

さて、この写真は私のパソコンからマウス操作だけで撮影したものだ。デジカメ写真といえばそんなようなものなのだろうが、WEBサイトからマウス操作でカメラの旋回やズームを調整できる点は、暇つぶしにはちょうど良い(つまり、システムは面白いが、それ以外の用途は思い付かない)。これはNECのビルの屋上カメラで、JR田町駅近くを最大ズームで撮ったもの。こちらでいじることができる。

夜中の2時に撮ったというのに、街灯の光だけでアスファルトの色や横断歩道がちゃんと見えている。車も映ってるし、歩道の点字ブロックも、それと認識できるほど鮮明だ。人の顔が識別できるほどくっきりと映らないかも知れないが、WEBからここまで綺麗に見えちゃって良いのかなという気はする。

家の近所にも、何故か街頭にカメラが設置してある場所がある。混雑の多い交差点などに仕掛けてあるカメラはよく目にするが、あのようなものだ。そう言えば、以前に警察が防犯を理由に町中に監視カメラを設置して問題になったという話を聞いたことがあるが、ここまで見えちゃあ、プライバシー云々の問題に発展しても仕方が無いかな。聞くところによると警察が使ってる遠隔操作カメラは、拡大してゆけば人の顔がはっきりと映るぐらいのものなのだという。これじゃ、立ち小便もできないね(してはいけません。

全然関係ないけど、FreeBSDにSAMBAサーバーを入れてみた。設定項目がやたら多いので、何を設定して良いのか良く分からない。適当にやったら取り敢えず動いたので、OKとする。あたかもローカルディスクのように、Windowsからファイルを操作できるのは大変便利だ。FreeBSDでC++をいじってるのだが、Windowsのエディタで編集して、Telnetでコンパイルって具合で、とてもやりやすい。VIとか、操作がよく分からなくて(^^;



幻想を生きるということ
1998年4月25日(土曜日) あめ/くもり

今日から連休..だけど、天気もぱっとしないし、お陰で気分もやや憂鬱だ。何もする気が起きないから、起きたら14時前だし、洗濯物も乾かないし、便秘気味だし、頭は痛いし、とにかくあまり良いことが無い。

幻想を生きる -> ある意味、幸せな生き方かも。

宗教人とか環境保護団体とか役所を相手に裁判を起こしている人とか。私と彼らとでは価値観が違うから、なんでそんな面倒くさそうなことをしているのかは、私には理解しがたいものがある。宗教など多くの場合、信じていない者から見ればただの幻想だ。関係の無い者から見れば、あいつら何やってんだって程度のものである。しかし本人からしてみれば、俺は今日も明日もこんなことをして生きていくんだーと信じられるものがあるのだから、幸せなのかなとも思ったりする。例えその幻想が、誤謬で無根拠なものでも。

私が幻想を生きているのかどうかは、私自身には分からない。なぜなら、幻想を生きている人間は、それこそが真実と信じられなければ、信じる値するものでなくなるはず。ひょっとすれば、端にいる人間から私を眺めれば、あの馬鹿なにが嬉しくてあんなことをやっているのだと言われてしまうようなことをしているのかも知れない。もし私が自分の考えを何ら合理的根拠の無い、ただの幻想だと認識するようになれば、私は崩壊するに至るだろう。私は実際に一度そんな崩壊を味わってから、幻想を生きることとは、それは絶えず崩落の危険性を孕んでいて不安定なことという結論に達したが。

でも、幻想の真っ只中を生きてる奴は、案外幸せなのかも...



もうすぐ連休
1998年4月23日(木曜日) くもり

今日作ったチンゲンサイと厚揚げを煮たやつ、うまかった :-)

明日は会社で、それが終われば連休なのだ。仕事しなくても良いのはうれしいなーと思いながらも、金もないし、どうせ家でじっとしてるだけだろう。近場で旅行でも行きたい気分だが、そんな金銭的余裕もないし、家でパソコンでも触わってるのが安上がりで良い。数日のうちに昼夜が逆転して、日暮れと同時に起き、日の出とともに寝る生活になるのがオチだろう。

GW中、インターネットは混むのだろうか? ちょっと楽しみ。雨でも降って外に出て遊びに行くような雰囲気がなければ、インターネットのトラヒックが上がるように思う。



サポート裏話
1998年4月22日(水曜日) くもり

とあるところから、サポートセンターの秘密というサイトにリンクが張ってあったので、覗いてみました。PC業界のサポートセンターがなかなかユーモラスに書かれてあるので結構笑えますが、サポートセンターの方はやはり苦労しているんですね。私はサポート専門という訳ではありませんが、プロバイダの窓口もやってるものだから、その苦労が何となく分かったりします。

BBSやホームページも会社のネットワークにぶら下がっているし、会員の方も見てらっしゃるようなのであまり面白おかしくも書けないのですが、ここはプライベートで書いてるページだからと割り切って何点か書いてみましょう。


・名前もIDも書かないでメールで質問して来られるお客様

メールならメールヘッダの差出人アドレスを見れば良いのでは無いかと思われるかも知れませんが、書かない人に限って他のプロバイダのメールアドレスになっていたりするんですね。恐らく質問をするということで頭がいっぱいなのだと思いますが、ホームページが表示されないなどの質問では、それが誰のホームページなのかが分からないと対応のしようがありませんよね。問題の早期解決とお互いの労力削減のためにも、是非お名前とIDは書きましょう。


・あまりに簡潔に書いてこられるお客様

「メールが読めません」「ホームページが見れません」のような感じで、状況をなんと一行だけに凝縮して「どうにかしてください」という人が時々いらっしゃいます。状況を少しでも詳しく書いて頂けると原因の糸口も早く掴めるのですが、それだけじゃどうにもできませんよね。せめて、使ってるソフトの名前や、エラーメッセージの内容ぐらいは書いて欲しいですねえ。


・何も読まないで質問してくるお客様

本当に説明書を読まない人が多いのです。そんな事はそこに書いてあるのだから勝手に読め! と、逆ギレしたくなるような質問も希に。何でも質問したら済むってもんでもないと思うんですよね。聞かぬは一生の恥〜などと言いますが、それは少しは自分で調べてみても分からない場合の話で、何事も積極的に調べようともしない人は、いつまでたってもお利口さんにはなれませんよ。


こうやって書いてみると一般常識講座にも見えたり?



今日で一周年記念
1998年4月21日(火曜日) くもり

今日で一周年だ。何がって? ホームページに今日の一言を書き始めたのが去年の4月21日だったのだ。ということなので、一周年記念。

いま思えば、なんでこんなものを書き始めたのだろう? 某サイトのの真似をしてというか、そこは毎日更新でアクセス数がすごかったので「毎日何か書けばアクセスは増えるかな?」って感じで始めたんだったかな。最初のうちはネタにも困ったりして、結構ローカルな話題をたくさん書いていたものだ。去年の4月21日の一言は学校の食堂のお話。食堂のオバサン、ではなくてお嬢さん、元気にしてるかな。

最初のうちはコラム的なものに慣れてなかったし、結構苦労したのだ。今は比較的スラスラと書いているが、その頃は電車でふと思い付いたネタを忘れないように手帳に書いておいたりした覚えがある。それでも家に帰ると何を書きたかったのか忘れてしまって、無理して書いたら訳の分からない内容になってて、結局別のネタで書き直したりとか。

そのうち濃い内容とか、刺の多い内容とかになってきた時もあって、議論?を呼んだことも。ご意見ご反論攻めはBBSで来るわ、メールで来るわで、返事(文にはいつも以上に気を遣ってしまう)を書き終わったら日付が変わってたとこともあったっけ(笑) まあ、今はそんなパワーも無くなっちゃって、当たり障りの無いような内容が大半だけど。実はちょっとネタ不足気味かな。

そうこうやってるうちに1年が過ぎてしまい、1年間で書いた文書の量は、純粋なテキスト分だけでも400キロバイトを超えている。お陰でキーボードが早くなったね。飽きっぽい性格なのに、よく1年も続いたなと我ながら関心する。

この4月からホームページの方は「多事毒論」にタイトルを変えましたが、今後ともよろしくお願いいたします。某ニュース番組のパクリだと思ったあなた、気のせいです。



過疎地にインターネット
1998年4月20日(月曜日) はれ

時々、山奥の過疎地にやたら太いインターネットの線を引いたりしてワイワイとやっている様をテレビで見るが、それが無駄なことなのではないかという疑問を投げかける番組は見たことがない。それが良いことだって感じの報道はあるのだが、税金の無駄遣いだと言う番組は見たことがないからね。

大体、ジジィとババァしか居ない家に、村の経費でパソコンなど配ってどうするの?「全世帯にパソコンを配りました」と自慢する村長さん、何を思ってのことだろう。年寄がパソコンなど満足に使えるわけはないと断言したら批判もあるだろうが、私はその通りだと思っている。もちろん、自分でパソコンを買ってきて使ってみる人は良いと思うが、行政が配るようなものではないだろう? 年寄りがパソコンを使ってインターネットで交流することがそんなに凄いことなのか?

誤ったインターネットの使い方をしている典型的な例であると思うのが富山県の山田村で、こちらでは一家に一台パソコンを配って、そのパソコンによるテレビ電話事業がご自慢なのだそうだ。それだったら、最初からテレビ電話を買えばと思う私は間違ってるの? 私だったら絶対そうすると思うけどねえ。

なんか先端技術ってことで行政もマスコミも浮かれてるって感じだし、よくいるよねえ、この手の人。新しいことを覚えてはそれを自慢してみたいのか、ホームページとかにJAVAだのShockwaveだの使ってみて、結局何がしたいのか分からない人って。

というわけで、こんなページを作り始めました。http://www.cds.co.jp/~kunugiza/(1999/12/01補足:休止中です)



誕生日
1998年4月19日(日曜日) くもり時々はれ

どうでもいいけど、今日は私の誕生日。これで、19歳になったわけですね。まあ昔から老けて見られてたので、実年齢が容姿に近づいたというだけのことかも(笑)



電車通勤も良いもの?
1998年4月17日(金曜日) あめ/くもり

夜になってから某ネットのオフ会に行ってて、先ほど帰って来たところ。東京でやったのは良いが、横浜まで帰らねばならないので終電を逃すわけには行かない。そんで渋谷駅から電車に乗ろうとするものの、急行は終わって、ある電車は全部が各停。それも、終電間際というのに満員ではないか。素晴らしい。結局、急行では30分ちょっとで行けるところを各停で1時間弱かけて帰ってきて、混んでたからずーと立ってて、とっても疲れた。

最近、電車に乗ると妙に懐かしい感じがする。会社まで歩いて通ってるので、大阪にいた頃のように、毎日のように電車に乗って移動するということがなくなったからだ。歩いて会社に行けるなんて通勤地獄もなく、この上なく幸せだと思っていたが、考えて見るとちょっと寂しい気もする。乗り物に乗って仕事とプライベートの気分を入れ替えると言う精神的効果も無くなったが、寄り道をする機会が無くなったはもっと痛い。仕事の帰りにちょっと..という行動は取れず、直帰してしまう日が殆どなのだ。いったん家に帰ると遊びに行くのも面倒になるし、寄り道は大事だと思う。

また、本を読む時間が本当に減った。電車に乗ってると暇なのでいつも何か読んでいたのだが、それも無い。わざわざ本を読むのも面倒な気がして、時間を取れないのだ。本当に通勤地獄を毎朝味わっている人に言わせれば「なんて贅沢な悩みだ!!」と叱られてしまいそうだが、通勤距離が短い人も、それなりに大変なのよ(どこが?



母の日は何のためにあるのか
1998年4月16日(木曜日) くもり

母の日は何のためにあるのか、ちょっと考えてみた。

私的なことだが、私は母親とはあまり仲がよくない。それで、母親が嫌いとまでは言えなくても、別に母の日に何かしようかとまでは思わない。じゃ、私には、母の日は何ら無関係のことなのかというとそのとおり。1日だけ母親を大切にしましょうなんて日を別段定めても、関係の無い奴には関係無いということだ。また、母親を大切にしようと普段から思っている者は、普段から心がけているのだろうから、母の日など無くても困ることはないだろう。

それで、何のためにあるのだ? 母の日の歴史は古いらしく、昔は聖母マリアさんを祝う日だったらしい。それが時が経って、自分の母親を大切にしようという日になったと聞いたことがある。今となっては宗教色こそ感じられないが、元はキリスト教関係の記念日か何かだったということなのだろう。そんなことはどうでも良い。ここでは、母の日の弊害というものを考えて見たいと思う。

母親が居ない人を例に出しても当たり前のような議論になってしまうのでここでは敢えて省く。ここで言いたいのは、母親が嫌いで顔も見たくも無い人はどうなるのかってことだ。母の日は「母親を大切にしよう、それこそが良いことなのだから」という思想を、みんなで揃ってみんなに押し付け合っているだけという気がするのだ。だが、母親を大切にしようという気になれない人もいる。例えば親から虐待を受けたとか、その他の要因で親に人生を無茶苦茶にされた人など。そんな人は、母の日をどういう思いで過ごすのだろう?

「いや、俺の母親はこんな奴だったから、大事にする義理など一切無い」と、胸を張って言える人なら別に良い。しかし、「俺の母親はこんな奴だったから、大事にする義理など無いと思うんだけど、でも世間の風潮は違うよなー。どんな母親でも親は親、大切にするのは当たり前って雰囲気だし、その逆の説を説こうものならバチでも当たるような雰囲気だし。やっぱり、そんな親でも大切にするもの? でも、あれじゃー、悩むよなー」って人はどうなるんだろ?

母の日にみんなで揃って、傷口に塩を塗っているだけだと思う。訳あって、親を大切にできない人も居るだろう。事情があるのならば、それはそれで良いと思う。それを否定する権利は誰にも無いはずだ。だが、母の日は、極端な話、その「否定」を大人数で実行していると思うのだ。親を負の存在と位置づけなければならない人達にとって、母の日など「幸せ者のエゴを世間に主張する日」としか言えないのではなかろうか。



最近のできごと
1998年4月15日(水曜日) あめ/くもり

これと言って書かなければならないと感じるネタもないので、最近あったことを適当に書いてみる。


1.HUBが壊れた

自宅のLANを会社経由でインターネットに繋げている、基幹部分とも言える場所を支えていたHUBが壊れた。会社で使い古した感じのHUBで、耐用年数もとっくに過ぎているようなものと思われるので仕方がないといえば仕方がないのだが。12ポート、19インチラックマウント仕様の、個人の家で使うには大袈裟すぎるものだった。

状況を言うと、一昨日の晩からコリジョンが発生しまくってネットワークが極端に遅くなっていたのだ。おかしいと思いながらも、全く使えない訳ではないので原因不明のまま使っていた。ところが翌日になってよく調べてみるとHUBの異常であることが分かり、その原因は良く分からないが、変なパケットを吐きまくってた模様。時々、そのような話を耳にするが、HUBというものはおかしくなっても完全には壊れない性質があるらしい。完全に死んでくれればすぐにトラブルシューティングも出来るのだが、瀕死のHUBほどややこしい存在は無い。

今日はHUBを前から家にあったアライドテレシスの高級品?に取り替えたので、今のところの動作は順調。なぜ今までそのHUBを使わなかったというと、10-Base2(同軸)の口が無かったからだ。幸いなことにも、AUIの口があったので、そこにトランシーバーを挿して使っている。今時トランシーバーなど、あまり使わないのかな?


2.早寝早起き

最近は20時ぐらいまで仕事をしているが、ちょっと忙しいので仕方が無い。しかし、早めに帰宅して家事をしなければならない日もある。そうだ、朝は早く起きて、早く出社して早く帰れば、解決することだ。我ながら極めて鋭い発想である。オマケに早寝早起きは健康的なのだ。と言う訳で、今朝は6時半に起きて7時に会社に行く。ところが、今日も帰ったら20時過ぎ。結局いつもと変わらないじゃないか。


3.メシ

今日は面倒くさいので、今晩のメシはチキンラーメンとコンビニのお弁当。久々に食う不健康なお食事だ。明日こそはマトモなものを食いたいが、以前に買って置いた備蓄も底を尽き、明日こそは早く帰って、買い物に行かなければ。さもなければ、またコンビニコースを辿ることになる。

おわり。



生きることの価値は?
1998年4月13日(月曜日) あめ/くもり/強風

 所で,あなたは何のために生きてるんですか?

人類が動物的本能に基づいた行動規範を捨て、自我という概念を己の行動規範としたときに発生した、永久に答えを導くことのできない疑問。それが、こちらのサイトで毎日書かれてある雑記の最後の行に登場した。もしも過去に誰かがこの疑問に答えを出していれば、人生を唄った歌も、小説も、何も登場しなかったのかも知れない。しかし、今も中島みゆきは唄うし、ビートたけしは人生の素晴らしさを語るし、何かの葛藤がなければ詰まらないロボットアニメにしか見えないエヴァンゲリオンも、多くの人に受け入れられた。

ところで、私は何のために生きているのだろう。単身で働き始めてからは、本当に平凡で変化の無い日々が続いている。朝起きて、飯食って、会社へ行って、夕方になったら家に帰る。それからスーパーで買い物をして、夕食の支度をして、どうでも良いテレビを見ながら食う。後は洗い物をして、風呂に入って寝るだけだ。本当に、日々の規則化された生活を考えると、何のために生きているか分からない。そうだ、生きている理由が無いのなら、無意味と割り切って死んでも良い。例え私が突然居なくなっても、会社も新しい人を雇うだろうし、悲しむ奴も何人かは居るかもしれないが、地球の人口の割合から言うと知れたものだ。代替はいくらでも居るのだからと考えると、どうでも良くなってきたりする。

とは言えど、楽しくないわけではない。出来れば遊んでいたいが、仕事も嫌いなことではないし、仕事が終わってから不味いものを作ってみては食ってみる料理も好きだし、休日の楽しみ方もちゃんとある。じゃ、どっちなんだ? 生きてて楽しいのか、楽しくないのか、どっちなんだ? 平凡な日々を無意味に生きててもしょうがない気はするけど、でも、楽しいこともちゃんとあるし、結局どっちなんだ。誰か教えてくれる奴は居ないのか?

などと考えていたこともあったが、いつの頃からか、それは間違いだと思いはじめた。結局生きる理由なんてどこにもありはしないのだから、そんな問いに答えを見付けようとするのがそもそもの間違い。近いうちに核戦争が起きて人類が滅亡するとも思わないし、地球に巨大隕石が衝突する確率も極めて低そうだし、この平凡な日々は、私が老いて死ぬまでは終わりもしないのだろう。終わりにしたけりゃ、自分から死ぬか、本当に核戦争でも起こして地球もろとも消滅させてしまうかぐらいしかない。自分が死ぬだけなら世界を認知できなくなるから擬似的に終わったように感じるだけであり、本質的ではないので地球を消すことが一番良いのかも知れないが。チリと化す地球を宇宙から眺めるのも気持ち良さそうな気がする(フリーザか、お前は)。

つまり、「何のために生きてるの?」なんて答えのない問いに振り回されるよりも、自分の存在意義すら良く分からないまま、自分は世の中から認知されても、されなくても構わない。それの呼称として、諦め、成長、妥協、開き直り、色々と言葉はあるが、基本的に同じ事。いざとなったら自分から終わるか、地球を消すかぐらいのパワーが、現代の萎びた私達に与えられた答えなのではないだろうか?(そんな乱暴な...



ミニコンポらしきもの
1998年4月11日(土曜日) はれ

ミニコンポらしきものを買ってきた。自宅にあるオーディオビデオ関連のものはテレビぐらいしか無かったので、前々から欲しかったわけだ。テレビと来たら、敢えて見るに値するほどの番組など殆どないし、音楽とかも聞きたくなるわけね。

CD+MD+チューナーとついて、44K円。その代わり、ちょっと古いモデルで、それも展示品処分。まあ、この値段で買おうと思えばそのぐらいしか無いだろう。安い&外観的&機能的に問題は無かったので、買ってきた。シャープの製品だが、操作性がイマイチ良くない。電子レンジもシャープ製だが、こいつの使い勝手も良いとは言えない。操作方法を難解にするのがシャープの癖なのか、ここら辺をもっと改善して欲しいところだ。

あと、MDのTOCリード時間が異様に長い。すぐに演奏が始まらず、イライラさせる。何にそんな時間を食っているのか不思議に思うぐらい。中級以下のオーディオ関連機器は傾向として、力の入れどころがズレているものが多い気がする。妙な機能に力を入れてカタログスペックだけを飾り、地味だが実用上特に重要な部分は手を抜かれているケースが多いのではないか。例として、操作性、チューナーの感度、リモコンの人間工学適合性、など。そういう所こそ力を入れて欲しいものだと思うのだが。

以前に弟がラジカセを買ってきたのでちょっと使ってみたが、ラジオの感度が大変悪いのだ。それより、10年も以上前に買ったラジオの方が、よほど耳が良い。新しい方はデジタルチューニングで、PLL発局か何だか知らないが、良いのは見た目だけであり、肝心な場所のデキは最悪。それなら少々不便なダイアルチューニングでも、ラジオとしてマトモに機能するものの方が優秀であるのは言うまでもないことだ。



インターネットは、やはり便利
1998年4月10日(金曜日) はれ

またまた生活臭プンプンなお話!

先日、カレイの煮付けを作ろうとして醤油が多すぎた話をかいたが、GOOなんかで「カレイの煮付け」を検索するとちゃんと出てくるではないか。レシピ一覧みたいなサイトがあり、そこに色んな料理の作り方が載っている。こんなのがあれば、いつも何を食おうか悩んでいる私も無敵だ。

こういうサイトを見付ける度に思うことだが、やっぱり世の中は便利になったものだ。材料も作り方もちゃんと書いてあるるし、それこそお料理の本など買ってくる必要など無くなってくる。料理に限らず、ちょっと疑問に思ったようなことでも、検索エンジンに打ち込むだけで、かなりの確率で関連情報が、それもタダで得られるから手軽でよろしい。思い付いたように何かを作りたくなったときも、検索すりゃそれらしい回路図ぐらい出てくるものもある。

私がインターネットを使っていなかったころは、そういうちょっとした資料収集も大変だった。ふと知りたくなったようなことは忘れないようにメモ書いておき、紀伊國屋書店などの大型書店で立ち読みしてまとめて調べるような手法を取っていたこともある。近所に市立の図書館はあったが、専門書は大して置いてなかったので遠くの図書館まで足を運んだりとか。特に規格書的なものは入手に困った。当時からインターネットを使いまくってたら、もっと賢い人になっていたかも知れないと思うと、ちょいと残念。



所沢高校の入学式を考える
1998年4月9日(木曜日) 雨

最近何かと騒々しくて、言わずと知れた埼玉県立所沢高校だが、本日校長主催で行われた入学式を、約4割の新入生徒が欠席したらしい。ところが、代わりに生徒が自主的に開いた「入学を祝う会」は満員御礼だったそうだ。校長がかくも虚しく開催した入学式には人は集まらないことが事前に予想されていたのか、出席しなければ「入学を許可しない」というような強迫まがいの文書まで送り付けたそうだけど、それでも約4割が欠席。この違いは何なのか?

結論から言うと、脅しでもしなければ誰も来ないような式など、最初からしなくても良いということを、大変良く表している例と言えよう。97年8月1日の一言にも書いたが、この国には無駄としか形容できない式典などが多すぎる。ことある毎に堅苦しい式を挙げるのが風習となっているようだが、例えば高速道路が開通した日に、エライさんが何名か集まってテープカットすることにどれだけの意味があると言うのか? 記念するべきことがあるのだろうから、式を挙げることには反対はしないが、もう少し行って見てお目出度いと実感できることはできないのか。

同じことは入学式にも言えると思う。高校の入学式には2度ほど出席したが、どれも終わった後の感想と来れば「あーダルかった」なのだ。そりゃそうだ、校長が出てきて、聞きたくも無い堅苦しい話をして、どうでも良い挨拶があって、来賓を紹介して、聞いてる方は堪らない。こんな物で良い式だった、なんて感想を残す人間は希。本当に入学おめでとう、と言いたいのであれば、なぜお目出度いと感じられることをしないのだろうか。主催者側の趣味を押し通したところで、迎えられる方としては面白いとも思ってないのだから、失礼というものだ。

いやいや、やっぱり厳格な式が無ければ気が引き締まらないから必要だという意見もあるかも知れない。確かに、そのような効果もあるのかも知れない。しかし高校というところが、初日からそんなに気張って行かなければならないようなところなのか? それも疑問だ。私はそうとも思わなかったから、卒業式までは辿り着けなかった。それから、会社に入っても厳格な入社式なんか無かったし。結局なんだったんだろうとしか思えない入学式。



妖しいドリンク
1998年4月7日(火曜日) 雨/くもり

京都から友人が遊びに来た。関西方面から人が来るとどこに行くか? もちろん、相場は中華街と決まっている。というわけで、中華街へ行ってお食事。その後、アヤシゲなものをたくさん売っている店に潜入し、ハングル文字で書かれた缶の変な飲み物を買ってきた。韓国伝統飲料?というような表示はあるが、韓国人が毎日こんなものを飲んでいるのかは、ちょっと疑問。飲んでみたので、いつか報告をするが、また今度

今日は寝る。



お料理 :-)
1998年4月6日(月曜日) 小雨

元から多趣味と自分でも思う私なのだが、一人で生活を始めてから、その一つに「お料理」が追加されてしまった。友人などから電話がかかって来ると「ちゃんとメシ食ってるか?」みたいな話しになるのだが、奴等の予想に反して結構まともなものを食ってる気がする。まあどうせ一人だし、家に帰ってからは暇だしね。お料理をするにはちょうど良い身分かも。

でも、失敗作もちょくちょくある。カレイが安かったので煮付けてみようと思って買ったのだが、スーパーから家に帰ってから良く考えてみると魚の煮付けなどやったことが無い。焼き魚が好きだからという理由から今までは避けて通っていた煮付けに、今日こそ挑戦するが。おおー醤油からい。食えないことはないが、醤油が明らかに多すぎる。捨てるわけには行かないので食うが、これで一週間分の塩分を摂取した気がするね。

ウチのババァ(祖母)が作ると醤油はあっさり控え目で、それでいて薄すぎる訳でもないから、その辺の味付けはとても真似できない。というか、手本となる人が側に居るわけではないから、殆ど競馬予想みたいな味付け。この辺でこの調味料を入れたら、きっとこういう味になるだろうから、まあいいや入れちゃえって具合の。茨の道っす。

目指すところは赤ずきんチャチャのセラヴィ先生らしい...
(このネタでピンと来たあなたは、けっこう濃い人ですね)


ワイシャツにエプロンしてお料理をしているワシ
お見苦しい写真で申しわけございません :-)

中華街などで変なものを見付けるとつい買ってみたくなるこの頃。先日、キンモクセイ茶(桂花茶というらしい)というお茶を買ったが、とっても不思議な味。



ホームページリニューアル!
1998年4月5日(日曜日) はれ

というわけで、ホームページをリニューアル。

今のトップページはそろそろ飽きてきたなと思って、昨晩からタイトル画像を作り、HTMLを書き直してたりしたら始発電車の音が聞こえてきた。ふと時計を見れば朝の5時。このまま徹夜か、ちょっとでも寝るべきなのか、迷ってしまうが、このまま夜まで起きていることは困難だろうと判断。久しぶりに大変不健康な時刻に寝る。起きたら昼過ぎ、これから飯を作るのもダルイのでラーメンを食いに行く。腹も膨れたところで出来たホームページをアップロードしたものが今のページ。

「青春18ねっとわぁく」っていうタイトルを止めてしまって「突撃実験室」にしてしまったんですが、これはちょっと迷いましたね。元々は草の根BBSの宣伝ページだったし、今でも建前上?はそうですからね。ただ、実験ネタとかを index.html に統合してしまったら、どう見ても実験がメインとしか思えないぐらいの割合になってしまったので、そうしました。

以前は「青春18きっぷ」関連のページだと思って飛んでこられる人や、「18」のところだけを見てアダルトページと思ってくる人やら、誤解の多いタイトルだったのですが、今度は大丈夫でしょう。青春18きっぷ発売時期になると本当にその関係の情報を探している人が多かったらしく、「青春18きっぷFAQ」を作ったのは言うまでもありません。今でも「役に立ちました」というようなメールを頂くことがあり、作った物としてはとても嬉しいです。が、タイトルを変えたし、そういう方も減っちゃうかもしれませんね。

どうでも良いことですが、「FAQ」という言葉について。前に経理関係の仕事をしていたときに、税務署から「特別減税のあらまし」という案内が送られてきました。給与所得者の所得税は給与支払者が給与から天引きして、代わりに納税するものなのはご存知の方も多いとおもいますが、減税が実施されたときもまた、給与支払者が面倒を見てあげなければならない訳です。つまり予め減税した金額を天引きするわけですが、その方法などが記されているのが「特別減税のあらまし」なのです。その後ろの方に「FAQ」というか「Q&A」的なものがあったのですが、そのページのタイトルはずばり「質疑応答」としてありました。

「FAQ」とか「Q&A」というような用語も十分に一般化していると思うので使えば良いと思うのですが、ここまでしてでも役所は横文字を使いたがらないのかと、逆に感心した覚えがあります。ほんとうにどうでも良いことでしたが。「青春18きっぷ質疑応答」ねぇ、う〜ん、考えさせられる...



お天気が良いので
1998年4月4日(土曜日) はれ

暫く布団を干したりしてなかったので、今日はお洗濯&お掃除デー。昨晩は遅くまで起きていたので、今日は昼前に起きて、昼飯とも言える朝飯を食ってから、お洗濯とお掃除をするのだ。しかし、お天気も良いし、それだけで一日を終わらせるには余りにも勿体無い。例によって、チャリンコツーリングに行ってきた。

前は鎌倉へ行ったが、今日は近場で石川町まで。横浜市内で唯一電子部品類の小売りをやっているというエジソンプラザまで行くのだ。でもそれだけでは面白くないので、その前にちょっと寄り道。石川町駅から程近い山手町周辺は、小高い丘になっていて、いわゆる「いけてる」場所なのだ。横浜の名所と言われる場所も集中している。そして観光名所に混ざって住宅もあるが、どのお宅もカッコ良くて、高級外車が置いてあって、門扉の側には物々しい監視カメラが設置してあり、貧乏人立入禁止の不文律しか感じられない場所なのだ。

そんな高級住宅街を、ジーパンにワイシャツ姿の場違いな兄ちゃんが、なお場違いなお買い物自転車に乗っかってウロウロしていた理由はここにあった。ジョシコー。そう、あの辺りは、ジョシコーと呼ばれる特殊な教育施設が異常に多いのである。もちろん、教育施設や、それに通うジョシコーセーと呼ばれる人種を観察しに行ったわけではない。 言うまでもなく、それらの施設の脇で生息するサクラと呼ばれている植物の実体を解明すべく行ったのだ。今日は桜も満開でとても美しい。カメラがあれば写真でも撮りたいところだが、うちにはデジカメしなない。デジカメで風景写真を取る気はしないのでやめた。

いや、地味な電気屋が目指すところはエジソンプラザなのだ。石川町駅の近くの雑居ビルみたいなところにあるのだが、すごく寂れた感じだ。昔はもっと客も居たのだろう。しかし、ぱらぱらと来ていた客を見ると30歳ぐらいのオタクっぽいオジサンや作業服を着た電気屋風の人間ぐらいしかいない。売っているものも大したことはない。趣味で自らパーツを買って来て、半田付けする人は、もう殆ど居ないのか。

秋葉原はあまり知らないが、はっと気付けば、大阪日本橋などの電気の街と言われた場所は、「パソコンの街」に変革しつつあるように思う。私が小学生の頃から電子部品を細々と小売りしていた店も廃業し、その場所にはパソコンショップが立ち並んでいたり。事変の始まりは日本に互換機が入ってきた頃からだろうか。そして、雨後の筍のようにパソコンが売られ始めたのは、つい数年前のことだと思う。街並が変化する速度としては早すぎる程だと思うが、時の流れには逆らえないということか。



続・テレビ
1998年4月2日(木曜日) くもり/雨

3月30日〜31日に書いたテレビのお話。どうしようもない奴等が2回も来て、結局何も改善されずに終わってしまった事までは書いた。その後、ちょっとややこしい経緯があって、ここのビルの管理会社にもう一度文句を言った。そして、その事を聞いた管理会社の下請けである、例の頭の悪い修理屋から電話がかかってきた。ついでに「何も治ってないじゃないか、もう一度見に来い。こっちはテレビまで買ったんだ。どうしてくれる?」と、ガンガン文句を言う。「今度はもう少しマトモな人間を寄越せ」というような事も遠回しに言う。

そして今日、修理の人が来てくれた。前の奴等とは違う人間だ、それだけでもかなり安心である。取り敢えず部屋に上がってもらい、テレビを見てもらった。でも見るだけ。「俺のテレビに指一本触れるんじんねー、原因は他にあるんだよ」ということだけを、予め念を押して言っておいたので、すぐブースターを点検してくれた。よかった、今回はマトモな人間が来たようだ。まあ、結果、ブースターが悪いかも知れないと言うことになり、それは今日は出来ないから保留ということになったのだが。調節してもらって、ちょっとマシになったので良しとしよう。

今日来てくれた人は、見るからに技術屋風の人間。職業を聞くと「電気屋」と言ってたので、こういう事は専門らしい。前に来た連中の話をしたら、「彼らは多分、○○の社員でしょう。あそこの社員には、電気のことを知ってる人が居ないから、駄目ですよ」と言う。今日のオジサンは、そのダメ会社から電気関係の工事を請け負っている下請けだって。どうりで、この人は詳しい。ケーブルの種類やら、ロスの話やら、ブースターの話やら。前に来た奴等、「電界強度」と言ったら、知らなかったみたいだから。



4月かー
1998年4月1日(水曜日) くもり/雨

4月1日ですね、これで私も横浜に来て1ヶ月になるということです。早いもんだね。時間が流れるのが早い。今日は4月1日ということで何か笑えるウソネタを書こうと思ったのですが、どうも私にはそのような才能が無いらしく、適当にこういうことを書いてます。嘘をつけない、つまり俺って凄く良い人、てことか(こらこら

仕事で Visual C++ 書けとか言われているのだが、そんなもん殆ど分からん。あれだけ複雑で、どこが Visual なのだ? ウィンドウの作成ぐらいかな、 Visual といえるのは。Cの経験が無いわけではないのだが、C++ は初めて触わるし、Windows のアプリに至っては齧ったこともない。それも、大きなプログラムのソースをいじれって言われても、結構辛いものがあったりする。

しかしまあ、そうやって文句を並べていても仕方が無いので、挑戦はしてみているのだけど。そんなことを言ってるうちにすぐ納期が来るのだろう。頭も要領も悪いけど大丈夫かな>わし(^^;