吉野川沿いを散歩する(後編)


不動窟〜入之波温泉

不動窟へと通じる扉
不動窟」(ふどうくつ)は、奈良県吉野郡川上村柏木にある。国道169号線沿いには、むちゃくちゃ派手に看板が上がっているので一目でそれと分かる。

二億年前の石灰石の中に出来たという鍾乳洞は、県の天然記念物にも指定されている代物であるが、それにしては入り口が一風変なのだ。「不動窟」の入り口となっている建物は、何故か「喫茶ホラあな」という(恐らく私有の)喫茶店になっている。そして、この上なく下手くそな字で「不洞窟入り口」と書かれているドアが店の奥にあり、この外に鍾乳洞へと通じる階段があるのだ。どう見ても、天然記念物に通じる扉だという感じがしない。

不動窟(というか喫茶店)に着いたのは、ちょうど正午過ぎ。腹も減ったので取り敢えずこの店で昼食を食べてから、鍾乳洞を見学することにした。


鍾乳洞入り口
感じの良い店主に見学料を払うと、懐中電灯を貸してくれる。中は照明されているが、一応あった方が良いとのこと。先程のドアを出て、吉野川を見下ろせる崖に作られた階段を降りていったところに、不動窟鍾乳洞の入り口がぽっかりと空いていた。

喫茶店の雰囲気とは裏腹に、鍾乳洞は入り口からして恭しく祀られており、どこか神秘的な雰囲気を醸し出している。鍾乳洞の口からは、冷たい空気が流れてくる。外の気温は30度を超える暑さだが、鍾乳洞の中にあった温度計は14度を示していた。夏冬問わず、鍾乳洞内はこのぐらいの温度に保たれているそうだ。


鍾乳洞内の様子
鍾乳洞の中は、あまり広くない。奥へと通じる通路も狭くて急な下り坂になっているうえ、濡れているので滑りやすくなっている。注意が足りないと、間違いなく怪我をしそうなところである。そこら中に「足元注意」とか「頭上注意」などと注意を促すパネルが張ってある。



不動の滝
不動窟鍾乳洞の中では、不動の滝という滝があって、どこからか湧き出ている水が轟音を上げながら凄い勢いで岩の上を下っている。この水は長寿水と呼ばれており、飲むと御利益があるらしい。持って帰るべくペットボトルに汲んだのだが、冷たいから手は悴むし、凄い水圧に腕が負けそうなぐらいであった。

水だけでも美味しいが、大阪に帰ってからこの水で沸かしたコーヒーもまた美味かった。


大迫ダム
不洞窟を後にして、またしばらく国道169号線を歩くと大迫ダムが景色に飛び込んでくる。大迫ダムの上から眺める大迫貯水池も美しい。

大迫ダムの上を渡って吉野川の対岸に渡り、大迫貯水池沿いの細い道を進めば最終目的地の入之波温泉に着く。ところが、ここに来て天気が急に崩れはじめ雨が降り出した。徒歩では無理と判断、大迫ダムからは入之波温泉までは路線バスに乗ることにした。一日たった二往復しかないとは言え、入之波という人口は恐らく数十人程度の集落にバスを運行している奈良交通には少し感心する。[付近の地図

バスに揺られている間も雨はどんどんと強くなり、終点の入之波温泉バス停で下車した頃にはちょっとした集中豪雨になっていた。さすがは大台ヶ原だ、降水量日本一のプライドを誇示するかのように、いったん降り出すと中途半端は許さないと言わんばかりの雨が降る。大雨の中を駆け足に、入之波温泉の「山鳩湯」という温泉旅館に入った。迎えてくれた女将さんも驚くほどずぶ濡れになりながらも、ようやく最終目的地に着いたのだ。あとは、汗と疲れを温泉に流すだけである。


大迫ダムの人工湖
奈良県吉野郡川上村大字入之波は、秘境と言う以外にないほど静かな場所だ。右の写真は、山鳩湯の部屋から眺めた雨に曇る大迫貯水池である。

少し休憩してから、温泉に入る。ふうぅ、気持ちがいい。このときのために生きているようなものである。連日炎天下を歩いたために日焼けした肌には熱い湯が沁みたけれど、そんなことも気にならない。

温泉は、茶褐色の鉄臭い湯であった。泉源から湧き出るときは淡黄色の透明な湯なのだが、時間が経つと鉄が酸化して色が変わるのであろう。風呂に入っていると、肝臓を患っているという男性がポリタンクを持って湯を汲みに来た。医者に通っても治らない、だから藁にもすがる思いでこの温泉の湯を汲みにきたのだという。源泉から湧き出る湯を飲んでみると、仄かな甘みはあるが非常に鉄臭い。たくさん飲める味ではない。

夕飯は、鮎の塩焼きとカモ鍋だ。最後に、鍋の残った出汁で、おじや(雑炊)を作ってもらう。どれも最高に美味かった。疲れていたためだろう、飲んだ焼酎のがむちゃくちゃ回ってしまい、食後は直ぐに寝てしまう。目が覚めたのは、草木も眠る午前2時か3時ごろだった。なんだか爽快な目覚めだった。風呂は24時間使えるというので、すでに起きていた友人と再び風呂に浸かった。のぼせても、夜風で身体を冷却してまた浸かる。温泉は、やっぱり良い。

翌朝は、誰一人として起きられず、9時過ぎに女将さんが来て「とっとと朝食を食ってくれ」と起こされてしまった。気が抜けると、こんなものだ。でも、あとは帰るだけである。帰りはバスで大和上市駅まで行き、再び近鉄に乗って大阪まで帰るのだ。電車に乗る前、行きしなに買った「柿の葉寿司」がもう一度食べたくなって、買ってくる。疲れるだけ疲れて、最後に温泉とご馳走という褒美で締めくくる旅もまた良いものだ。



余談だが、NTT ドコモのエリアの広さには驚いた。国道169号線沿いは、かなり高密度にドコモご自慢のマイクロBSが建っていて、道路沿いなら何もないような場所でもほぼ使用可能であった。そればかりか、なんと地上波のテレビは NHK ですら受信できない入之波でも使用できたことには頭が下がった。付近を探すと、まだ真新しい「NTT ドコモ関西 川上村入之波無線中継所」という名称のマイクロBSが建っており、「人口エリアカバー率99.9%」を誇るだけのことはある。

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2000/09/16 公開


制作 − 突撃実験室